W杯出場直後の来日は近年では稀
1984年生まれのアンドレス・イニエスタは、攻撃的なプレーを得意とするミッドフィールダーだ。味方選手にチャンスを提供しながら自らもゴールを狙っていく。
彼のJリーグ入りは、2つの意味で日本サッカー界にインパクトをもたらした。
1つ目の理由は、直前のワールドカップに出場していた現役の代表選手ということだ。
ロシア・ワールドカップのスペインはベスト16で敗退してしまったが、世界最高峰の大会でプレーした選手がそのまま来日するケースは、近年ではほとんど例がなかった。W杯に出場するようなレベルの選手に見合った年俸を、Jリーグのクラブは用意できなかったからだった。さらに、ヨーロッパから地理的に近いアメリカのメジャーリーグサッカーが、ベテラン選手の移籍先として存在感を高めていたことも見逃せない。
楽天を親会社に持つヴィッセル神戸は、イニエスタに32億円とも言われる年俸を用意した。また、これまでクラブが成し遂げたことのないJリーグ制覇はもちろん、アジアナンバー1クラブを決める『アジアチャンピオンズリーグ』優勝も目標に掲げ、イニエスタのモチベーションを刺激した。
彼のプライドを満たす報酬と目標を揃えたことで、ヴィッセル神戸はこの大物選手を迎え入れることができたのである。ロシアW杯終了後に代表引退を表明したものの、世界の最前線で活躍してきたイニエスタのJリーグ入りは、まぎれもないビッグニュースとして世界に報道されていった。
バルサの遺伝子を受け継ぐ最高クラスの才能
2つ目は彼の経歴である。
イニエスタはスペインの世界的強豪FCバルセロナの出身だ。『バルサ』ことバルセロナと言えば、スペイン国内のリーグはもちろん、ヨーロッパ最強クラブを決めるチャンピオンズリーグでもつねに優勝候補に数えられる。ショートパスを細かくつなぐ伝統のサッカースタイルは、日本国内でも高く支持されている。
イニエスタはそのバルサの育成組織からプロとなり、実に16シーズンにわたってプレーしてきた。バルサの遺伝子を受け継ぐ最高クラスの才能のJリーグ入りは、サッカーファンはもちろん日本人Jリーガーをも興奮させるものだった。「一度でいいから対戦したい」とか、「一緒に練習をしてみたい」と眼を輝かせる日本人選手は数多い。
”魔法”はパスを受ける前から始まる
実際にスタジアムでイニエスタを観ると、意外に思う方がいるかもしれない。身長171センチのサイズは、日本人に混じっても平均的だ。目を見張るようなスピードの持ち主でなく、運動量が際立って多いわけでもない。
アスリートとしての資質が飛び抜けていない彼が、違いを見せつけられる理由に予測する力がある。ゲームが刻々と動いていくなかで、イニエスタは自分がパスを受けた瞬間の状況を思い描く。相手守備陣のどこに穴があり、味方選手がどこでパスを受ければ得点に結びつきやすいのかを予測するのだ。そして、持ち前の高い技術を生かして決定的なパスを通す。
イニエスタのプレーを観る際には、パスを受ける前から注目してほしい。ヴィッセル神戸の背番号8を着ける34歳は、相手と味方の位置を絶えず確認しているはずだ。イニエスタが見せる“魔術”は、パスを受ける前から始まっているのである。