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モンサンミッシェルの修道院の頂上には「大天使ミカエル像」が戻った

27日、フランス北西部・ノルマンディー地方の観光名所であるモンサンミッシェルでは、修繕のために修道院の尖塔から取り外されていた「大天使ミカエル像」が、10週間にも及ぶ修繕作業を終え、その姿を再び塔の上に現した。AFPBB Newsなどが報じている。

金メッキがきれいに施された「大天使ミカエル像」。修繕によって輝きを取り戻しただけではなく、50年ほどは砂まじりの風や雷を受けても耐えられるようになったという。

修繕のため取り外された3月や、今回の復活の際にも、大勢の観光客や修道女に見守られたことから、大天使ミカエル像が人々にとって大切な存在であり、また人気者であることが伺える。

そんな「大天使ミカエル像」とモンサンミッシェルの関係はどのようなものなのか。また、モンサンミッシェルとはどんな場所なのか、世界遺産ライターの長谷川大氏が、All About解説している。

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モンサンミッシェルが生まれる前

モンサンミッシェルとは「聖ミカエルの山」のことをいう。しかし、「元々はモンサンミッシェルと呼ばれていなかった」と長谷川氏。キリスト教がこの地に来る以前は、ケルト人によって墓の山(モン・トンプ)と呼ばれ、聖地として敬われていたそうだ。
 

なぜ、モンサンミッシェルが生まれたのか

708年のとある夜、近郊に住んでいた司教オベールという人物が見た夢が、モンサンミッシェルが生まれるきっかけとなったそうだ。長谷川氏が説明するには、オベールの夢の中に大天使ミカエルが登場し、「この岩山に私を祀る聖堂を建てなさい」と告げたという。

当初は信じなかったオベールだが、ミカエルの登場が3度を数えた際に、オベールの額に指をかざして稲妻を走らせた。翌朝オベールが頭をさすると、そこに穴が開いており、ついにその穴を“天使による奇跡の証”と信じ、聖堂の建築を開始する。これが、聖ミカエルの山=モンサンミッシェルのはじまりとなった。
 

巡礼地としてのモンサンミッシェルと、その伝説

その後も大天使ミカエルはモンサンミッシェルに降り立ち、その伝説が周りに知れ渡り、10世紀には修道院も建てられ、キリスト教の巡礼地としてにぎわうようになったという。

しかしながら、当時のモンサンミッシェルは潮の干満の関係で、容易に渡ることが出来ず、海に流される巡礼者も多く出たという。「モンサンミッシェルに渡る前には遺書を書け」と伝えられたほどだった。

モンサンミッシェルには、1888年にヴィクトールとアネットのプーラール夫妻により立ち上げられ、なおも営業を続ける伝説的なホテル、「ラ・メール・プーラール」がある。ここでは、当時ずぶ濡れになりながら訪れる巡礼者を癒やすため、暖炉の火を絶やさずに、到着の度にひと皿のオムレツでもてなしたそうだ。

ちなみに、このオムレツは、今も当時と同じ釜・方法でつくられており、プリ・フィックスのコースの前菜として食べることが出来るという。

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