「泊食分離」とは? 観光庁が動き出した理由

旅館業界には「泊食分離」というキーワードがあります。
 

2017年8月16日に「観光庁は、増えゆく外国人旅行者、特に長期滞在者を増やすために『泊食分離』のモデル地区を指定する」と報道されていたので、初めて聞かれた方もいらっしゃるかもしれません。
 

旅館のイメージ
旅館のイメージ

観光庁が動き出した背景には、旅館業の客室稼働率の低さ(約37%)があります。その要因として、同じような食事が続く「1泊2食」制に問題があるのではないか、という点が報道されていました。「泊食分離」とは、ホテルのように料金面で宿泊と食事を分けることであり、旅館に泊まりながら外で食事ができるようになれば、旅館の文化に触れながら、食事も自由に取れたり、長期滞在者も増えたりするので、旅館の稼働率は改善されるだろうというわけです。
 

ただ、泊食分離問題は今に始まったことではなく、20年前から議論されており、すでに素泊まり専門旅館ができたり、外国人向けには夕食抜きプランを販売している旅館も少なくありません。旅館業界としては、個々の経営に直結するそうした料金問題を国がコントロールしようとしたり、関わろうとすることをあまり好ましく思っていません。
 

さて、皆さんならどう思われるでしょうか。
 

旅館業がなぜ反対する?泊食分離のデメリット

■「売上が落ちる」リスクが増す

旅館業がなぜ反対するかというと、「1泊2食は旅館の伝統文化」という論点に加えて、食事なしを増やすと単純に「売上が落ちる」リスクが増すためです。
 

「食事なしだとしても外国人で客数を増やせば、売上をカバーできるではないか」と思われるかもしれません。また、食事がなくなり、料金が下がるのであれば、日本人も旅館に泊まりやすくなるので、確かに稼働率は改善されるのではないかと思われるかもしれません。ただ、客室稼働率が上がるという保証は誰がしてくれるのでしょうか。仮に上がるとしても、上がるまでの間の営業補償は誰が見てくれるのでしょうか。旅館業は観光市場を甘く見ていません。いつまでも外国人客数は増え続けないと思っていますし、筆者もそう思います。
 

それに、稼働率は全ての旅館が低いわけではありません。既にかなりの割合の旅館が、ホテル並みの稼働率を達成しています。既に1泊2食で成り立っている旅館が、わざわざ食事を分離することは、経営上得策ではありません。
 

■稼働率を上げることを歓迎しない旅館もある

ではなぜ、旅館業の稼働率が低くなるのかといえば、旅館業のおそらく半数以上が家族だけで経営している小規模事業者で、そうした宿は営業日数が少ないうえ、税金対策で看板を掛けているだけという高齢オーナーの宿等も少なくないためです。
 

つまり、稼働率が高い旅館も低い旅館も、「稼働率を上げる」ということを歓迎していないという実情があるのです。そのため、そのすき間を縫って、民泊が普及したり、ビジネスホテルが地方にどんどん建ち並ぶようになりかけています。
 

まず、対策を練るうえでは、既に稼働率の高い企業経営の旅館業と、家族経営のためにそれほど稼働を高める必要のない旅館業と、いずれにも属さず、泊食分離も選択肢にある旅館業とに分けて考えるべきだと思います。
 

泊食分離が必要な旅館ももちろんある

食事
旅館で食事を提供するにも「人手の確保」が必要になる(写真はイメージ)

すなわち、旅館業にとって泊食分離は不要かというと、そうではありません。1泊2食を守る伝統旅館が存続していくことももちろん必要ですが、地方にある一部の旅館は将来、泊食分離に移行しなければ経営が成り立たなくなっていくかもしれないためです。特に可能性があるのは、過疎立地にあり、稼働率は低く、その一方で地域経済の核として存在しているような温泉地などです。
 

そうした宿が泊食分離の必要に迫られる分岐点は「人手の確保」です。つまり、食事を提供したくとも地域から働き手がいなくなり、調理師や接客係を雇用できずに提供できないという時代がやってくるおそれがあるのです。
 

旅館業はどんどん減り、10年前には6万軒だったものが、現在は4万軒。そのうち、ほぼ半数が、積極的には稼働させていない家族経営の宿かと思われます。しかし、そうした宿は少しずつ廃業することが予想され、あと10年もすれば旅館は2万軒くらいにまで減少していることでしょう。この減少に伴い、何もしなくても旅館業の稼働率は、統計上は改善されると思います。しかし、それに「ごまかされて」はいけません。稼働を上げたいのに、今にも灯が消えようとしている地域があるはずです。
 

「泊食分離」によって解決できるような単純な問題ではない

旅館街
「宿の灯を消さない」ということを共通目標にすることが重要(写真は温泉街のイメージ)

過疎地域から旅館の灯が消えた時、それだけ訪問者を受け入れる余力が減り、需要はより集客力のある地域に建つビジネスホテル型の宿に流れてしまうでしょう。旅館から食事が消えた時、「ハードの新しさ」が宿選択の基準となり、やはり、より大きな資本の宿が優位となり、地方の中小企業から大資本へと宿泊業経営の軸が移っていくことでしょう。すると地方創生とは真逆の結果を導いてしまうのです。
 

地方から宿泊業の灯を消さないために、例えば、家族経営の宿を地域の企業型の旅館が買い取り、素泊まり型の宿として改装して経営していくとか、宿を経営してみたい多くの若者とのマッチングを図り、そうした宿の運営を任せるとか、単純な運営上の問題ではなく地域戦略として「宿の灯を消さない」ということを共通目標として、モデル地区を選定していくのがよいのではないかと思います。それを考えるのは、国よりもまず地方自治体をはじめとした地域や事業者自身であり、そうした方々に今回の話題が届くことを願っています。
 

つまり、「泊食分離」とは、全ての旅館で泊と食を分けて、ホテルのように自由な旅ができるようにしようという単純な問題ではなく、人が消えつつある過疎地域に人を呼び戻す可能性をもたらすことができるかどうか、その手段としての問題なのです。
 

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