エアバック製造の大手タカタが民事再生を申請……

エアバック製造の大手タカタが、民事再生を申請しました。アメリカでの事故発覚以降、被害者対応、安全性確保対応、経営再建対応全てにおいてあまりに遅すぎる、という印象が拭えません。

参照:エアバッグ問題のタカタが民事再生法を申請…「民事再生」とは?
 

タカタ
360b / Shutterstock.com

タカタのエアバッグ問題が最初に取りざたされたのは、2005年のこと。ホンダがタカタ製のエアバックのリコールを実施したのが08年。09年に初の死亡事故が発生、14年には原因不明の異常破裂が相次ぎ、調査リコールせざるを得ない状況に追い込まれました。しかし、それでもなおタカタは、調査、改善に本腰を入れるには至りませんでした。
 

その間、自動車メーカーにおんぶに抱っこ状態で来つつも、リコール費用は莫大な金額に上る。タカタは16年、メーカー側から押される形で外部専門家を入れての再建案づくりに、ようやく重い腰をあげたのです。この一連のタカタ問題の流れに関し、アメリカ司法省は本年1月に声明を出し、「10年以上にわたり安全よりも納期や利益を優先し、安全に関わるテストデータを繰り返し偽ってきた」と、タカタの経営姿勢を厳しく非難しました。
 

安全対策などは後手に…何がタカタの対応のまずさを生んだ?

エアバック不良問題は、最初の事故を軽視せず、本格的な調査と適切な安全対策を講じていれば10年以上も事故が多発するような状況にはならなかったのではないか、と言われています。さらには、早い段階で安全性を確保した改良型が導入されていたなら、膨大な金額にまで跳ね上がったリコール費用も、大幅な軽減ができていた可能性が高いのです。
 

一体何が、このタカタの対応のまずさを生んできたのでしょうか。私が経営分析の立場から一連の流れを追ってきて個人的に感じているのは、「内外の同族」という問題です。
 

理由1:同族経営が陥りがちな資産を守る意識

まず「内なる同族」とは、文字通りのオーナー家による同族経営。高田家というオーナー家の存在です。上場企業タカタにあって、高田重久会長兼社長は言わずと知れたオーナー経営者です。関連会社の持ち株を含めた実質的な持ち株比率は50パーセント超。オーナー企業は、規模の大小を問わず、基本は同じこと。企業持分の大口所有者であるわけで、何か起きた時にどうしてもオーナー一族の資産を守ろうとする意識が働くものなのです。
 

自社の業績が悪化した際に、たとえ社員を路頭に迷わせようとも、債務超過に陥る前に廃業することでオーナー家の取り分を確保したい、そんなことを平気で行動に移すオーナー系中小企業経営者を何人も見てまいりました。創業者にはその手の経営者はほとんどいないのですが、2代目、3代目には多いというのも特徴です。ちなみに高田重久社長は3代目。リコール対応をしながらの、事故調査、新安全基準製品の開発という多額の出費は、オーナー家の資産減らしにつながると後ろ向きになったのは想像に難くありません。
 

理由2:「外なる同族」=自動車業界の馴れ合い体質

もうひとつは、「外なる同族」。これは簡単に申し上げると自動車業界特有の馴れ合い体質です。元々、タカタはホンダと組んだレジェンドを皮切りとした大量生産体制確立で国産車へのエアバック搭載を後押しした、業界を親族と捉えた時の「同族」企業なのです。
 

各メーカーとの関係はまさしく馴れ合いそのものであり、特にエアバック問題で世界第2位のタカタに万が一があることは、イコール国内メーカーにとっても困ることでした。よく言えば二人三脚、悪く言えばなあなあの関係の中で、メーカーがなかなか厳しい姿勢に転じることなく来てしまったことも、タカダのあらゆる対応遅れにつながったと言えます。
 

二重の「同族」問題がチェック体制を無力化させた

このような二重の「同族」問題が、本来あるべき内外での相互牽制を無力化し、修復不可能なまでの大きな傷を負わせることになったのだと思います。
 

戦後最大という空前の企業破綻となった今回のタカタの民事再生。これを発表した高田社長は会見で、自らの引責辞任とオーナー家の経営権譲渡を示唆しました。オーナー家のあまりに利己的な経営と、業界に根深くはびこる馴れ合い利益追求。これらにより、本来最も重視されるべき利用者の安全性がないがしろされたがための、市場退場劇と言っていいでしょう。利用者、株主軽視のオーナー一族経営、馴れ合いの業界風土は、他の日本企業に突きつけられた大きな課題でもあるように思われます。
 

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