小池都知事のスタートダッシュが見事だっただけに……
23日からの東京都議選を前に、小池都知事対都議会与党自民党の闘いが加熱してまいりました。
昨年8月の都知事当選以来、古い自民党支配打破を、“自民党議員”として展開し小池旋風を巻き起こしてきた新都知事は、さながら「自民党をぶっ壊す!」で国民の高い支持を得てきた小泉政権を彷彿とさせるものがありました。まさに小泉流「仮想敵攻撃」的イメージ戦略をベースに据えたリーダーシップ・マネジメントにより見事なスタートダッシュを決めた、そんな印象だったのです。
参照:小池都知事の今後は?「小泉政権」とのマネジメントにおける共通点
ところが、自民党もやられてばかりではないと、小池氏の新党立ち上げを機とした自民党離党の動きを受けて、結論を先延ばしされてきたオリンピック問題、豊洲市場問題を槍玉に挙げての「決められない都知事」という新たなマイナスイメージ戦略をもって猛反撃に出てきました。これには、小池都知事もやや押され気味。最初の攻勢、その後の劣勢をトータルで見れば、選挙戦を前に両者相譲らずの現状ではないか、という印象です。
あえて残した「自民党籍」が諸刃の剣に
このように就任直後の見事にハマった小池氏の戦略がここにきてやや劣勢に転じた裏には、あえて残してきた「自民党籍」が実は諸刃の剣であったのではないか、そんな気がしています。確かに当初は小池氏に「自民党籍」があるがゆえに、自民党サイド特に政府自民党が無理に除名等の処分を取れば世論は一層親小池、反自民傾向に流れることが予想され、動くに動けないジレンマが続いていました。
しかし小池政治塾から新党「都民ファーストの会」結成が明確になったことで離党は自明の理という状況になり、ならばと国政も巻き込んでの一気呵成に転じます。小池氏としては、オリンピックも豊洲移転も前任都知事時代の都議会自民党が残した大問題として、選挙までゆるゆると結論引き伸ばしで世論を味方に引きつけようという思惑が、むしろ「決められない都知事」という、ありがたくないイメージの付加に転じられてしまったのです。
世論を引きつける思惑が「決められない」イメージに
考えてみれば、小池都知事は都知事選立候補の際に自民党推薦候補が立つことを前提として、党の公認なしに自民党に宣戦布告をしての立候補だったのです。常識で考えれば、この時点で「離党」を選択するのがスジであったはずです。しかし当選後も、自民党との距離を巧みにはかるかの如く「進退伺い」を提出するのみで、ズルズルと時は過ぎます。
それが、ここに来て、オリンピック、豊洲移転の結論先送りは、選挙戦を前にいつまでも離党か否かの自分の身分すらも「決められない都知事」の所業的な言われ方に利用されるに転じてしまったのです。このままではまずいと思った小池氏は、ようやく6月1日に離党届を提出するわけですが、すでに「決められない都知事」イメージは払拭困難な状況に至っており、この状況下で都議選を迎えざるを得ない、今はそんな流れにあるかと思います。
小池氏のイメージ戦略はリカバリー可能か?
東京都議選突入を目前に控え、小池都知事は懸案の築地市場の豊洲移転について臨時会見を開き方針を公表しました。それによれば、「豊洲に追加の安全対策を施して豊洲に移転させ、一方築地は一部市場機能を持たせつつ5年後をめどに再開発する」というものでした。
問題を引き伸ばした手前、現時点では豊洲移転推進派、反対派、どちらの顔もつぶさないというような配慮がうかがわれる半面、ある意味で玉虫色の決定でもあり、ここでもまた「決められない都知事」の印象はぬぐいきれなかった、という感が強く漂っています。
当選当初のリーダーシップ・マネジメントがあまりに見事であっただけに、かえってここに来てどこか歯切れの悪さばかりが印象に残ってしまうという状況に。選挙戦に向けどれだけ歯切れの良さを取り戻せるか、小池新党「都民ファーストの会」の雌雄は、リーダーである小池氏のイメージ戦略のリカバリー如何にかかっているように思われます。
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