そもそも「共謀罪法案」とは
去る5月23日、衆院本会議で、もともと「共謀罪」法案といわれていた組織犯罪処罰法の改正案が可決されました。自民党は、2020年のオリンピックを控えるなかでのテロ対策や、国際組織犯罪防止条約の締結に必要な立法だと説明しています。
そこで、この改正法案がどのようなものか検討してみたいと思います。
どのような行為が処罰になる?
条文案を読むと次の行為を処罰すると規定しています。
- 組織的犯罪集団の団体の活動として
- その行為を実行するための組織により行われるものの遂行を2人以上で計画した者は
- その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき・・・計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたとき
分かりにくい日本語ですが、次のように言えると解説されています(髙山加奈子著、「共謀罪の何が問題か」岩波書店、2017年)。
- 組織的犯罪集団の活動として
- 2人以上の者が対象犯罪を計画して
- 実行準備行為を行った場合に
処罰される(刑罰の重さは対象犯罪により異なり、5年以下の懲役・禁錮、又は2年以下の懲役・禁錮となります)。
これら1~3は何を意味するのでしょうか。
1.「組織的犯罪集団」とは?
■暴力団、詐欺集団が対象のように見受けられるが…
法務省のホームページでは、「例えば,暴力団による組織的な殺傷事犯,悪徳商法のような組織的詐欺事犯,暴力団の縄張り獲得のための暴力事犯の共謀等,組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の共謀行為に限り処罰することとされています」と解説されており、組織的犯罪集団として暴力団、詐欺集団が対象のように見受けられます。
実際、同じく法務省のホームページで「組織的な犯罪集団が関与する・・・犯罪・・・に限り処罰することとされていますので,国民の一般的な社会生活上の行為が本罪に当たることはあり得ません」とも記載されています。
■会社、サークルなどの団体が対象になる可能性は?
ところが、最高裁が平成27年に下した裁判例で、元々詐欺をする組織でなかったといっても、ある時点以降で詐欺を行うための組織になったと言えれば、組織的犯罪処罰法の適用対象になり、その組織の中に詐欺をしていることを知らないメンバーがいても結論は変わらないというのがあります。
つまり、元々普通に訪問販売している会社だったけども、途中で会社を挙げて価値のない物を騙して売りつけるようになれば、従業員がそれを知らなくとも組織的犯罪処罰法が成立するということです。
したがって、暴力団やマフィアといった犯罪者集団でなくとも、団体であれば組織的犯罪集団に該当する余地があることになります。
そして、最終的に有罪となるかどうかは別として、捜査機関が、会社、サークルなどの団体が、組織的犯罪をしているのではと判断すれば、組織的犯罪集団ということになり(最終的に起訴されなかったり、無罪になるとしても)捜査の対象になることにも注意が必要です。
2.「2人以上の者が対象犯罪を計画する」の意味は?
計画について、条文上では具体的に特定したり限定していません。
したがって、電話、メール、SNSといった方法で計画する場合はもちろんですし、特に客観的な方法で意思疎通がされていない場合でも「計画」したと評価される可能性があります。
3.「実行準備行為」とは
条文では、実行準備行為の例示として、資金又は物品の手配と関係場所の下見と規定しています。もちろん、これは例示ですから、その他どんな行為でも実行準備行為に該当する可能性はあります。
例えば、公園で対象犯罪の実行を計画している場合に、その公園を下見すれば実行準備行為に該当します。これはこれで当然のように見受けられますが、公園の下見といっても、これは公園に行くこととほぼ同じ意味ですから、広い範囲にわたる行為が「実行準備行為」に該当するように思われます。
どんな犯罪が処罰の対象なのか
所定の犯罪に関して、
例えば、民進党のホームページでは、森林法違反(森林窃盗)が対象になっているので皆でキノコ狩りに行くことを計画したら処罰されるのではと懸念を表明しています。
これは極端な例ですが、広範な犯罪行為が対象です。
生活が一変する?共謀罪によって変わること
私は、この法律が施行されたからといって突然生活が変わることはないと考えています。突然キノコ狩りをする集まりが摘発されることもないでしょう。しかし、対象行為が無限定・広範ですから、最終的に立件されるかどうかは別として捜査機関が容易に捜査に着手することができるようになるのは明らかだと思います。
メールやSNSは?生活が監視されることはある?
そして、犯罪の計画とその実行準備行為が捜査の対象になるわけですから、メールやSNSでのやり取りも捜査対象にもちろんなります。ただ、これらは通常の犯罪でも捜査対象であり、当然のようにメールやSNSの内容は全て捜査機関において確認しますし、これ自体が問題とは思えません。
むしろ、問題は対象行為が無限定・広範なものであるため、捜査機関に捜査する取っかかりが広く与えられたという点だと考えます。
また、この法律自体が盗聴等の捜査手法を許している法律ではありませんので、法律の施行=監視社会になってしまう、という懸念はやや的外れのように思います。とは言うものの、捜査機関に捜査の取っかかりを広く与える以上、捜査が行われるなかで、対象者のプライバー等の人権侵害が発生することは避けられません。
刑罰は有用な反面、副作用もある
刑罰は、劇薬のようなものです。必要な刑罰は社会にとって有用ですが、反面で副作用もあります。副作用は、捜査機関による人権侵害の危険や捜査権限の濫用による弊害です。したがって、これらのメリットとデメリットを検討した上でその刑罰が必要かを考えないといけません。
今回の法案は、国際組織犯罪防止条約に加盟するため、テロ対策(オリンピック開催のため)と説明されていますが、他方で、条約に加盟するために必要ないという指摘、テロ対策といいながらそれに有用な規定がない、テロ対策としてもっとすべきことが他にあるのでは、という指摘があります。
もしこの指摘が正しいのであれば、今回の法案は、有用性、必要性のない立法ということになり、メリットがないにも関わらず副作用だけが大きいということになります。そうだとすればそのような法律は不要ということになるでしょう。