かつての儒教的な価値観は崩壊し、2024年の結婚数は史上最低を更新。そこにあるのは単なる「自立」ではなく、罪なき子を産むことを罪とする「濫生無辜(らんせいむこ)」という絶望的な新倫理でした。
深刻な就職難、崩れた男女比、そして「不幸の再生産」への抵抗。中国通ジャーナリスト・福島香織氏の著書『新聞が語る中国の97%は噓である』(飛鳥新社)から一部抜粋し、閉塞する中国社会の残酷な実像を解き明かします。
儒教的価値観からの自由
2023年になって、「なんで結婚しないの?」という話題で、複数の30代の中国人女性と話をする機会があった。そのときは、「する必要を感じない」 「なぜしなくちゃいけないの?」などと返された。こういう返答が中国人女性から来ること自体、隔世の感だった。というのも、10年くらい前までは、中国で結婚しないということは極めて体裁が悪く、男女ともに30歳前後になると焦っていた。
また本人が良くとも、親や親戚が許さなかった。親や親戚からの圧力をかわすために、春節などで都会暮らしの若者が農村の実家に帰るときには、パートタイムで人を雇い、ニセの結婚相手として連れて帰ったりしたものだ。
だが最近の中国の若者は、「結婚しない」と、ごく普通にいう。
実際、中国では、結婚も出産も望まない若者が増えている。中国民政部が発表した直近のデータによれば、2022年の1年間の結婚登記数は683.3万組で、これは1986年以来の史上最低となる結婚数だという。
中国の結婚組数は2013年の1346.9万組をピークに、2019年に1000万組の大台を割った。そうして2021年には800万組となり、2022年も前年比10.5パーセント減と急減少した。さらに2024年の中国における結婚組数は、前年比20.5パーセント減の610.6万組まで減った。
なぜ若者たちは結婚しないのか?
儒教的価値観の強い農村社会では、結婚し、子どもを産み、そしてその子どもが男子であり、その男子が祖先を祀(まつ)ることで、祖先が子孫を加護して一族が栄える、という考え方が根強くあった。だからこそ、親戚中が一族の若者の結婚や出産に関心があり、いろいろと口を出してきた。
もし、いまの若者たちが結婚も出産もしない選択が普通にできるならば、これは「儒教的価値観から自由になった」という喜ばしい現象だ。たしかに女性も高等教育を受けるようになり、経済的に自立できたため、生活の安定手段としての望まない結婚をする必要はなくなってきた。これは社会の進歩だろう。
若く美しい女性は国際結婚か大都会の金持ちを選ぶ
だが本当のところは、けっこう残酷な中国特有の社会的背景がある。2015年に1人っ子政策が終わり、中国の少子高齢化問題が顕在化してきた昨今、2人っ子政策(子どもを2人以上産むことを推奨)や3人っ子政策(3人以上産むことを推奨)の圧力が強まっている。そしてここには、女性の産む権利や労働市場における平等な競争の権利を保護するうえで、あまり良くない影響が出てきている。
たとえば中国では、最近になって未婚の出産の合法化を認める地域が増え、女性は子どもを産まねばならないという政治的なプレッシャーが強くなっている。しかし、これに対する抵抗感が、結婚拒否の意思表明につながっているようだ。
また長年の1人っ子政策の影響で、結婚適齢期の男女の均衡が著しく崩れており、男性が女性に物理的に巡り会えない。2020年の統計では、20~40歳の人口で、男性は女性より1752万人多いのだという。
「1等美女は海を越え、2等美女は上海・深圳(しんせん)」という言い回しが中国にある。それでなくとも少ない女性のうち、若く美しい者は国際結婚で海外に脱出し、あるいは上海や深圳といった大都会の金持ちを相手に選ぶ。農村青年たちは、そもそも相手を見つける機会が少ない。
さらに、若者の深刻な就職氷河期が続いており、公式統計でも、2023年5月の段階で、16~24歳の失業率は20.4パーセント、16~40歳の青年世代のうち5400万人が失業中という推計もある(北京改革発展研究会・王明遠研究員)。若者の多くが日銭で糊口(ここう)を凌いでいる状況で、家庭を持ち、子どもを育てる経済力がない。
ネットでは「濫生無辜(むこ)」という言葉がはやっている。これは「濫殺無辜」(罪なき人をむやみに殺す)という言葉の言い換えで、「罪なき人をむやみに産む」という意味だ。ある男性は、この言葉とともに、ネットにこう書き込んだ。
「結婚して、子どもを産むなんて、月給3000元(約6万円)でできることじゃないよな」
若い中国人女性たちはこういう。
「両親は共働きで、懸命に働いて、私を重点大学(政府が認定した権威ある大学)にまで行かせてくれた。私も必死に受験戦争を勝ち抜いた。なのに、卒業してもろくな仕事に就けない。自分が子どもを産んで、罪のないわが子に同じ苦労をさせたいとは思わない」
「いまの中国人は不幸だ。私たちのような不幸な人間を再生産するための結婚や出産は拒否する。私たちの代で、この苦しみを終わりにさせたい」
いまの時代、子どもを産むことは「濫生無辜」なのだ。 この書籍の執筆者:福島香織 プロフィール
奈良県に生まれる。大阪大学文学部卒業後、産経新聞に入社。1998年から中国・ 復旦大学に留学。2001年、香港支局長。2002 〜08年、中国総局特派員として北 京に駐在。2009年、産経新聞を退社、フリーに。中国の政治・経済・社会をテ ーマに取材を続ける。主な著書に、『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP 研究所)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房)、『習近平の 敗北 紅い帝国・中国の危機』(ワニブックス)などがある。



