「戦争に参加しない」という選択肢がそもそも存在しない理由、そして一度始まったら終わりの見えない泥沼の戦いになってしまう理由とは?
防衛の専門家・高橋杉雄さんの著書『日本人が知っておくべき自衛隊と国防のこと』(辰巳出版)より一部抜粋し、私たちが誤解している「残酷な現実」を解説します。
台湾有事における日本の選択
中国が台湾だけを狙う場合も、在日米軍へ先制攻撃を仕掛ける場合も、そのとき日本が関与するのかどうかという点が大きな問題になってきます。しかし、そもそも日本は台湾有事に関与する、しないを選べる立場なのでしょうか。
中国が日本の基地を攻撃した場合や在日米軍基地を攻撃した場合、日本は否応なく戦うことになります。
誤解されることがありますが、在日米軍基地は治外法権ではなく、日本の領土です。そして日米安全保障条約上、日本の領域内において日米どちらか一方に攻撃がなされた場合には、両方に対する攻撃であるとみなします。つまり、在日米軍に対する攻撃は日本に対する攻撃なのです。
在日米軍基地が攻撃されれば、日本は否応なく戦争に巻き込まれることになります。
ですから、日本が戦争に関わるかどうかを決めるのは日本自身ではなく、実は中国なのです。選択の余地が残されているとしたら、それは最初に中国が米軍を攻撃しないときだけです。
ここで台湾有事に介入するのかしないのか、するとしたらどのような手段を用いるのかを考えることになりますが、結局は米軍が介入すると決めれば求めに応じて支援するということになるでしょう。逆にアメリカが態度を明らかにしない段階で、日本が独自介入することはまずありえません。
ただし、アメリカの中には、「台湾が中国の手に落ちて困るのは日本でしょう。日本が困るのに、なんで日本が戦場に行かないの?」という意見が出てくるかもしれません。
台湾が陥落したとしても、アメリカ本土に侵略があるわけではないですから、なぜ自国民の命を賭して、消極的な日本の肩代わりをしなければならないのか、というわけです。
つまり台湾人の一部とアメリカ人の一部は、台湾有事が起こったとき、自衛隊が台湾で戦うと思っているのです。
一方で私たちは、何が起こっても自衛隊が台湾で戦うことはないと思っています。
しかし、そう思っているのは日本と日本にごく詳しいアメリカ人だけ。あまり世界の常識にはなっていないので、そのあたりの誤解は解いておいたほうがよさそうです。
台湾有事は「負けられない戦争」になる
台湾有事というのは、おそらく非常に難しい戦争になります。中国が台湾に上陸することは可能でしょう。ただし、台湾全土の占領には至らない。その段階でいったいどこに停戦の糸口を見いだすのでしょうか。
中国共産党からすると、台湾有事は始まったら負けられない戦争です。負けたら中国共産党の統治体制の正当性そのものがひっくり返りかねないのですから、当然です。
同様に、アメリカにとっても負けられない戦争になります。台湾海峡でアメリカが負けるようなことがあれば、アメリカは世界の覇権的な地位、世界で一番影響力のある大国としての地位を中国に譲り渡すことになりかねないのです。
もちろん、そこを割り切って退いてしまうという選択肢もありますが、今のアメリカの立場を続ける限りは負けられません。
もう1つ、具体的な停戦のプロセスを考えていったときにも、負けられない戦争の姿が浮かんできます。
先制奇襲シナリオで米軍が介入したとしましょう。戦争が起こり、何万人もの台湾の民間人と何千人ものアメリカ兵が亡くなるかもしれません。
それだけの犠牲を出して中国と戦った後で、現在の対中外交の基本原則となっている“ひとつの中国”を維持するかたちでの停戦がありえるでしょうか。
アメリカは台湾と一緒に戦って、それだけの犠牲を出した後もなお、「台湾はまだ国じゃない、正当な中国は中華人民共和国」という姿勢を維持することは政治的にできないでしょう。
その一方で、アメリカが“ひとつの中国”という原則を捨てたが最後、中国側は絶対に停戦を呑めないのです。
ですから、この戦争が始まってしまった場合、終わる見通しがまったくつかないシナリオになります。
その後に待ち構えているかもしれない最悪の事態を回避するためにも、台湾有事を起こさないことが重要なのです。 この書籍の執筆者:高橋杉雄 プロフィール
防衛省のシンクタンクである防衛研究所防衛政策研究室長。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。専門は国際安全保障、現代軍事戦略論、核抑止論、日米関係論。日本の防衛政策を中心に研究・発信する、我が国きっての第一人者。ウクライナ戦争勃発以降、テレビをはじめとした様々なメディアで日々解説を行っている。著書に『日本人が知っておくべき自衛隊と国防のこと』(辰巳出版)など。



