卒業式や入学式など、学校で行われるかしこまった式には児童/生徒や保護者、先生の他に来賓の方々も出席されます。実はこの「来賓」が、最近SNSでちょっとした話題になっていました。「来賓はいらない」という声も少なくないのです。
2人の子どものPTA役員や式での保護者代表挨拶などを担当した経験から、今回はこの「来賓の是非」について考えてみたいと思います。
来賓とは?
そもそも来賓とは、どんな人のことを示すのでしょうか。辞書などによると「式場などに客として来た人」と書いてあります。もちろん学校ごとで異なりますが、PTAの役員(会長や副会長など)や、過去にその学校の校長先生を務めていた方などが招かれるようです。
来賓は必要? 意義が分からない、との声も……
来賓が必要なのか、SNSで議論になっている主な理由としては、「来賓が式に出席することの意義が分からない」ことが挙げられます。筆者もこれまで何度か「式」に出席してきましたが、大変失礼な言い方であることを承知で書くならば「来賓は必要なのだろうか」と疑問を感じたことも少なくありません。
ちなみに、3月に高校生の息子の卒業式に出席した際には、コロナ禍で規模が小さくなっていたこともあり、出席したのは生徒と保護者の他に先生と2人の来賓。国家や校歌も歌わずに演奏のみとなり、これまでの式とは様子が違っていました。
また、2020年には娘の中学卒業、高校入学があり、それぞれ式が行われました。まさに緊急事態宣言の中、そして学校は休校になっているタイミングだったので、来賓は1名だったと記憶しています。本来であれば来賓の人数はもっと多いはずです。本当にずらりと並ぶというか……。
保護者として来賓をどう捉えたらいいのか
このように来賓に対してあまりいいイメージを持っていないのが正直なところなのですが、理由の1つが「その方がなぜ来賓として式に出席しているのか」が見えないこともあると思います。
来賓として招待される方々は、それなりの肩書きを持っているので、学校や児童生徒に対して尽力してくださったのだろうなと思います。でも具体的に何をしてくださったのかが分からないのです。しかも1回も会ったことがなく、式で初めて存在を知った方もいるほどです。
それならば、もっと違う方を来賓として招待した方がいいのでは?と思ったことはありました。例えば小学校は地域に密着していたので、毎日子どもたちが下校するときに道路に出て、「おかえり」と声をかけてくれたおばあちゃんがいます。夏になると子どもたちの登下校の邪魔だろうと、道路の除草作業をしてくれたおじいちゃんもいます。
そういった方々こそを、来賓として卒業式に招待してほしいと思うのです。そうすれば、子どもたちも保護者も改めて感謝できますし、子どもたちの晴れ姿を見ていただくこともできます。来てくださった方たちも、子どもたちのことをよく知っているのだから、本当に心から「おめでとう」と言ってくれると思うのです。
来賓の選び方を根本から考え直すことも必要なのかもしれない。そう感じてしまいます。
実際来賓になってみて思ったこと
筆者は保護者として式に参加しただけではなく、実は来賓として出席したこともあります。学校のPTA役員として招待を受けたのです。
かなり前ですがPTA活動への参加を巡って、ネット上でちょっと話題になった事柄がありました。仕事をしている保護者がPTA活動に参加するとき「日当は出るのか?」と学校側に話したそうです。仕事を持つ人が行事に出席する時間を捻出することがどれだけ大変なことなのかという、非常に大きなテーマを投げかけた話だったと思います。
一方で子どものためでしょ?という声もありましたから、着地点がなかなか見つからない複雑な問題でもあると感じます。筆者は正直な気持ちをいうと、来賓に招待されたとき、拘束時間などを考えると欠席したいなと少し思ったのも事実です。
わざわざ仕事を休んでまで行くことの意味
自分が来賓として式に参加したことで、これまで来賓の方々が、わざわざ仕事を休んでいたのだなと改めて思いました。こうやって、それぞれの立場で考えることも大切ですが、同時になぜ自分が招待されているのかも重要ではないかと思います。
と言うのも来賓の手元に届く招待状には、式に出席してほしい具体的な理由が書かれていないのです。例えば「学校にボールや本を寄付していただいたおかげで、子どもたちの学習環境も整ってきました。子どもたちが巣立っていく姿を見ていただきたいと思います」など書いてあれば、式に出席したい気持ちになるでしょう。実際には慣例にしたがい招待されているにすぎません。
式の目的に立ち返るいい機会
新型コロナウイルス感染症の影響で、式の形が大きく変わりました。「このまま縮小でいいのではないか」というのが、正直な気持ちです。なぜなら縮小されても保護者や児童生徒は何も困らないからです。学校側に不都合があるのだとしても、ニューノーマルが叫ばれている今、式のあり方や目的を見直すいい機会だとも思います。
本来卒業式は児童や生徒が感謝の気持ちを伝えつつ、保護者や教師は子どのたちの門出を祝うもの。入学式は歓迎や激励の意味があるのでしょう。そして児童や生徒は、気持ちを新たにして新年度を迎えていく、その中には嬉しい気持ちもあるでしょうし、不安もあるでしょう。達成したい目標を作ったり、夢や希望を持つ機会にもなり得ます。
式は主役である児童生徒自身が、この先どういう気持ちで生活をしていくのかを考えるきっかけになればいいのだと、筆者は思うのです。
式の参加者、特に来賓に関してはさまざまな考え方があって、答えは1つに絞れないと思います。むしろ答えはないのでしょう。だからこそ変化させやすいですし、また考える余地があるのではないかと考えています。
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