浮気、借金、暴力が離婚の三大理由と言われて久しい。今も変わりはないのかもしれないが、それ以外の理由で別れる女性たちも少なくない。では三大理由以外で女性が離婚を決意する理由は何なのか。それを探っていくと、「今どきの夫婦のありよう」や「妻が夫に求めること」などが見えてくるかもしれない。
「離婚するほど」ではなかった!? 39歳、ユウカの場合
人間はナマモノである。日々、いろいろな経験値を積んで、多少なりとも変化し続ける。結婚しても、個人としての変化は続く。それを確認しあっていかないと、夫婦の関係も微妙な齟齬が出てくるのではないだろうか。
「私はどうやら人間としての成長が遅いんですよね」にこやかにそう話してくれたのは、ユウカさん(39歳)。20代のころは結婚願望などまったくなかったし、だからといって仕事意欲もそれほどなかったという。
「実家暮らしだったせいもありますが、大学を出て運良く商社に就職できて、給料の大半を小遣いにしてたまに海外旅行して、というような生活を送っていました。周りが20代後半で結婚していったけど、私は結婚なんてしなくてもいいやと思っていた。当時、突然、フランス語に目覚めて、仕事をしながら週に2回はフランス語の学校に通っていました」
30歳の誕生日を機に、仕事を辞めてフランス語を学ぶために3ヶ月ほどの短期留学をした。特に目的はなかったのだが、どうしてもフランス語を習得したかったのだという。どうやら古いフランス映画に魅せられたらしい。
「帰国してからも勉強は続けていました。またフランスへ行くためにお金を貯めなきゃと思って、前に働いていた会社で契約として雇ってもらった。考えてみればその会社、フランスとも取引があったんですよ。勉強しようと思えば、仕事をしながら社内でフランス語も習得できたかもしれないのに。そんな話を元の上司にしていたら、じゃあ、フランス関係の部署で働いてみたらと言われて。うれしかったですね」
突然の出会いと結婚
そんなとき、通っているフランス語学校でなにげなく会話を交わした男性がいた。彼は1歳年上で当時32歳の会社員。仕事で必要に迫られて学校に来ていると話した。何度か顔を合わせているうちに週末、映画を観に行くことになり、帰りに食事をしてそのまま彼の家へ。
「私、そんなことしたことなかったのになぜか別れがたかったんですよ。でもその日は何もなかったんです。日曜の明け方、こっそり帰りました。そうしたら夕方には彼から連絡があって、『今度はきちんとデートしたい』って。次の週末に外で食事をしてまた彼の部屋へ。そして結ばれました。彼は半年後にはフランスへ駐在することがほぼ決まっていたので、それまでに結婚したいと言われて。結婚したら私もフランスへ行ける。そう思ってすぐにOKしました。もちろん彼のことが好きだったからというのが第1の理由ですけど」
3ヶ月後には結婚式を挙げた。友人たちは電撃結婚とはやし立てたという。ところが結婚式を挙げた直後、彼の駐在が延期になった。
「社内的な理由らしいので、別に彼に非があったわけではなくて。彼も別に落ち込みもせず、次のチャンスを狙うと言っていました。それぞれ仕事をしながら、同じフランス語学校に通って、新婚当時はとても楽しかったです」
33歳で長女を出産。いったん仕事は辞めて1年後に再度、前の会社の契約社員となった。
「娘にもシャンソンを聴かせて育てました(笑)。産後はかえって勉強がはかどりましたね。いつか一家でフランスに住めると思っていたから、ほとんど子育てストレスもなかった。まあ、私がもともとのんきな性分だからかもしれませんが」
だが、そのころ夫は密かにストレスを溜め続けていたようだ。なかなか決まらない駐在問題の裏には会社の業績不振もあったし、夫自身、実は海外駐在を望んでいなかったらしい。家族をもったからには落ち着いて生活していきたかったのだ。
「そんな夫から見ると、たいしてストレスも感じずに『フランスで子育ても楽しいじゃん』と言っている私が無神経に映ったんでしょうね。夫はたとえば仕事で責任をもたされるたびに、それがプレッシャーになっていくタイプ。私はおもしろそうじゃんと食いつくタイプ。『いいよな、ユウカは。鈍感力があるからさ』と褒めているのか皮肉なのかわからないことを夫はよく言っていました。私はてっきり褒められていると思っていたけど。よくノーテンキすぎるとも言われていましたね」
神経質な人とおおざっぱな人。その違いは最初からあったのだろうが、生活していく上でどんどん差が開いていったのかもしれない。
「だんだん、この人といても私は前向きになれないと思うようになりました。娘が3歳のとき、子連れでフランス短期留学を企んでいたんですが、夫に阻止されまして。どうにかなるじゃんと思っていたんですが、それだけはやめてくれ、と。あげく、仕事を辞めて子どものそばにいてほしいとまで言い出して。あれやめろ、これはダメって言われることが、私にとってはいちばんのストレスだなと思ったんですよね」
夫から見れば「とんでもないこと」でも、彼女にとっては「やりがいのあること」だったりする。そんなことの積み重ねで、彼女はすっかり疲れてしまった。
「もうダメ、離婚しようと言ったのは娘が4歳のころ。お互いに我慢して歩み寄ればなんとかなるよと夫は言ったけど、私は我慢すること自体ができない。夫の両親はもちろん、私の両親にも責められましたよ、離婚なんてとんでもないと。私の我慢できないことは他の人とは違うかもしれないけど、しかたがないですよね、できないんだから」
人によって「限界」は異なる。「普通ならもうちょっと我慢できるはず」と言われても、あるいは「それぐらいのことで」と言われても、当事者にとってはつらいのだ。
「結局、私の身勝手でと言い訳しながら離婚しました。実家にも入れてもらえなかったので、会社の上司に保証人になってもらってアパートを借りて。短期留学できなくなっちゃったけど、いずれその夢は叶えるつもりです」
今は契約で働きながら、週末は初心者に向けてフランス語を教えてもいる。ユウカさんの性格もあって、明るく育った娘は近所の人気者だ。知らないうちに近所でごはんを食べさせてもらったりしているらしい。
「住んでいるところが下町で、本当にいいところなんですよ。アパートのお隣さんは、かつて幼稚園の先生をしていたこともある老婦人なんですが、この方が本当によくめんどうをみてくれて。恵まれているなと思います」
別れてみれば夫は「いい人」なので、娘とも自由に会わせている。ときには夫に娘を預けて、自分は友人と遊びに行くことも。夫も他人となった今では「ダメ」とは言えず、苦笑しながらユウカさんを見守ってくれているという。「他人なら腹は立たないと夫は言っています」
近いうち、ユウカさんは今の職場で正社員になることを考えている。そしていつか自分がフランスに駐在すればいいのだ、と。
「年齢なんて関係ないですからね。働く意欲はあるし。それほど大きな会社ではないから、もっとがんばればいつかはフランスで仕事ができるようになるんじゃないかと考えているんです」
常にポジティブ、常に前向き。落ち込む時間があったら、どうしたらうまくいくかを考えたほうが建設的とユウカさんはどこまでも明るい。