さよならエヴァンゲリオン。かつて「シンジ君」だった僕たちの25年目の卒業

現在公開中の映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が、初日から3週間で興行収入60億円という大ヒットに。最初のTV放送から25年も経って公開された映画が、なぜここまで多くの人を惹きつけるのか。エヴァを追いかけてきたファンの1人として振り返る。

「気持ち悪い」から24年。ついに成し遂げたアスカとの和解

一人目はアスカ。心象世界の独白で、アスカが「式波タイプ」と呼ばれる綾波と同じようなクローンであることが明かされます。新劇場版で苗字が「惣流」から「式波」に変更されたのはこの伏線でした。

家族に囲まれたシンジを見つめる幼少期のアスカ (公式YouTube予告編より)

クローンとしての存在価値は、エヴァに乗るしかない。そう思い込んでいたアスカに対して「アスカはアスカだよ」と言ってくれたのは、大人になったケンスケでした。

このセリフは、シンジが「綾波タイプ」のクローンであるアヤナミに言った「アヤナミはアヤナミだよ」とも呼応しているのかもしれません。

シンジに優しく接する大人になったケンスケ(公式YouTube予告編より)

最終決戦の出撃前、アスカはシンジに打ち明けていました。ずっと怒っていたのは「破」で使徒に侵食されたアスカを、助けることも殺すことも選ばなかったこと。

そして、あの事件が起こる前に食べた、シンジの作ったお弁当が美味しかったこと。あの頃、シンジのことが好きだったこと。

アスカの独白が終わり、シンジは「僕もアスカのことが好きだったよ」と告白します。旧劇場版のラストシーンを思わせる赤い海辺で話す二人。

「気持ち悪い」から24年。ついにアスカと心が通わせることができた。思い出しても泣けてきます。本当によかった……。
 

25年間ずっと、あるいは永遠に。一緒にいてくれたカヲル君の救済

ケンスケのもとへアスカを送り出したシンジは、次にカヲル君と対話を始めます。カヲル君の心象世界には加持さんが登場。ネルフの司令室で加持さんに「渚司令」と呼ばれるカヲル君。二人は協力関係にあったことがわかります。

カヲル君を「渚司令」と呼ぶ加持さん(公式YouTube予告編より)

そしてカヲル君がこの世界をループしていること、さらにカヲル君が「生命の書」にシンジの名前を書き連ねたことで、シンジもこの円環の物語を何度もくり返してきたということが明らかになります。「思い出したよ、何度もここに来て君に会ってる」と自覚するシンジ。

加持さんを「リョウちゃん」と呼ぶカヲル君(公式YouTube予告編より)

ゲンドウはフォースインパクトについて「シンジが選ばなかった方の世界」だと、まるでループを自覚しているように語っていましたが、これは「ネブカドネザルの鍵」によって、この世の理を超えた情報を自身に書き加えたためでしょう。

不死身になれるし情報も知れちゃう。ネブ鍵、人類最強のチートアイテムですね……。

カヲル君は「僕の存在を消せるのは真空崩壊だけだ」と語ります。真空崩壊とは宇宙の終わり。それまで永遠に、神が用意した円環の物語をくり返さなければならない。

その孤独を癒すためにシンジを生命の書に書き連ねて「幸せ」にしてあげたいと思った、ということかもしれません。

エヴァを捨てようとするシンジに対して「君の幸せを誤解していた」と語るカヲル君。「あなたはシンジ君を幸せにしたいんじゃない、それによりあなたが幸せになりたかった」と語る加持さん。

仲良くなるおまじない、と言ってシンジはカヲル君に握手を求めます。これはアヤナミが第3村での生活で学び、シンジに教えたもの。

君はいつでも相補性の世界を望んできたんだね、と涙を流すカヲル君。「涙は自分を幸せにするもので、他人を幸せにすることができない、だから僕はもう泣かない」と語るシンジ。

……もう号泣です。カヲル君も、観てるこっちも。

TV版から25年。ずっと唯一の理解者だったカヲル君。シンジの心象世界でみんなが口々に「嫌い」と言葉を浴びせる場面でさえ、一言も拒絶してこなかったカヲル君。

そんなカヲル君に幸せにしてもらうんじゃなくて、カヲル君を幸せにすることができた。幸せです。だから泣いちゃうんですね。

今までずっと、ありがとうカヲル君。
 

観客の記憶も補完する、綾波レイの救済

最後は初号機に残る綾波レイ。「破」のラストでの「碇君がもうエヴァに乗らなくていいようにする」という言葉どおり、14年間ずっと初号機とシンジのシンクロ率をゼロにしてきた綾波。

「破」で第10の使徒に特攻した綾波(公式YouTube予告編より)

「破」の頃よりも髪がかなり伸びていましたが、これもアスカとの呼応かもしれません。アスカも「エヴァの呪縛」により食事や睡眠のいらない身体になっているにもかかわらず、髪だけは伸びると語っていました。

また、アスカのように人形を抱えていましたが、人形にはアヤナミが第3村で出会い、かわいがっていたトウジの子ども「つばめ」の名前が。

これは綾波とアヤナミのリンクを示しています。二人の記憶が繋がっているのか、それともシンジの記憶が投影されているのか。

あるいはもしかしたら、観ている観客の記憶かもしれない。そう思わされるのは、先ほども登場した「映像の制作現場」の心象世界で会話する二人の間に、制作した作品を試写するかのように、TVシリーズのサブタイトル画面が次々に投射されるからです。

黒地に白の極太明朝体の文字列を直角に折り曲げて配置した独特な表示スタイル。元々は市川崑監督へのオマージュですが、今では「エヴァ風タイトル」と表現されるほど強烈な印象を残したあのタイトル画面。観客にとってのエヴァの原体験ともいえるものです。

さらに旧劇場版の映像も続けざまに投射されていくメタ演出。まるで観客の記憶をも投影させて、補完するかのようです。

初号機に残ろうとする綾波に対し、もう一人のアヤナミは居場所を見つけた、だから君もここじゃない生き方もあると諭すシンジ。

自分もエヴァに乗らない生き方を選ぶ。世界の時間を「Q」以前に戻すのではなく、エヴァがいなくてもいい世界、人が生きていける世界に書き換えると。

綾波はそれを新たな世界の創生「ネオンジェネシス」だとつぶやきます。

……突然のネオンジェネシス! 旧劇場版までのエヴァの正式名称は、新世紀エヴァンゲリオン。英訳は「ネオンジェネシス・エヴァンゲリオン」でした。

新劇版から省かれた「ネオンジェネシス」をここへ来て回収するとは! とんでもない置き土産を残し、去っていく綾波。ありがとう、綾波。僕もあの頃、綾波のことが好きだったよ……!

「序」の綾波の笑顔。あの頃みんなが恋していた(公式YouTube予告編より)

ユイの本当の望み? 親子3人による「ネオンジェネシス」

綾波を送り出したシンジは「ネオンジェネシス」すなわちエヴァのない世界の実現のために、ガイウスの槍で自らの乗る初号機を貫こうとします。その時、初号機の中にいた母・ユイの魂がシンジを庇って、身代わりになります。

シンジは気づきます。「そうか、母さんはこのためにずっと側にいてくれたんだね」ユイは自らが発案したコアへのダイレクトエントリーの被験者になったと「Q」で冬月先生が語っていたので、もしかしたら最初からこうなることを予測していたのかもしれません。

さらにその背後から、父・ゲンドウの面影が重なった第13号機が包み込む。シンジは気づきます。「そうか、父さんは母さんを見送りたかったんだね」ゲンドウも、ユイの考えを知っていたのかもしれません。だからこそ、アディショナルで書き換えたかったのかも。泣けますね……。

そして、ここで流れる挿入歌は、ユイの声を担当する林原めぐみさんが歌う、松任谷由実さんの『VOYAGER~日付のない墓標』。

“私があなたと知り合えたことを 私があなたを愛してたことを 死ぬまで誇りにしたいから”、その歌詞はまるで、二人の心情を表しているようです。

再会した父と母によって、息子の望みであるネオンジェネシスのために、次々に槍で貫かれていくエヴァたち。父にありがとう、母にさようなら、そしてすべてのチルドレンにおめでとう。TV版最終回のセリフが頭に浮かびます。そこに新たに加えるように、シンジはエヴァに別れを告げます。

さようなら、全てのエヴァンゲリオン。

そしてついに、ひとりになったシンジ。だんだんと実体からイラストへと変わっていく。虚構の中へと消えていきそうになっていく。

そこへ迎えに来てくれたのは、他でもないマリでした。青い海に飛び込んでくるマリ。かっこよかったですね……!

シンジを迎えに来たマリ(公式YouTube予告編より)


>次ページ「『イスカリオテのマリア』と呼ばれるマリの正体」
 

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