紅白への出演も断り、生放送がないままの解散

国民的アイドルグループSMAPの年内解散に絡む大晦日の紅白歌合戦出演可否に関し、事務所サイドより正式な断りが入り、解散発表から結局生放送で5人が顔を合わせることのないまま「流れ解散」となることになりました。なんとも後味の悪い結末なのですが、この一件を巡る根本原因は一体どこにあったのか、今一度検証しておきたく思います。

  

一連の根本原因はメンバーでもマネージャーでもない

世間的に悪者扱いされているのは、ひとりは独立を企てたとされる女性マネージャーI氏。今ひとりはグループの事務所移籍が決まりかけていたところで、ただ一人ジャニーズ事務所残留を主張したキムタクこと木村拓哉。しかし、ことの経緯を調べてみると、どうやら彼らも広い意味では被害者であり、根本原因は彼らにはないということが見えてきます。

  

まずI氏の経歴を知る必要があります。I氏はその道30年超の大ベテランで、SMAPを国民的アイドルに育てた功労者でした。彼女が考えたアイドルのバラエティー番組やドラマへの起用という当時としての奇策は、陰りを見せていたアイドル人気を復活させ、下降線にあったジャニーズ事務所に確固たる地位を築かせた大功労者でもあったのです。

  

功労者への処遇に困った事務所事情とは

ところが問題は、功労者である彼女の処遇に困った事務所事情にありました。女性経営者は後継に娘を据えるべく準備を進めていたものの、I氏がデキすぎるが故に、同じ社内に置いていてはいつまでも娘への求心力が高まらないと感じ始めます。そこでSMAPの版権を管理する別会社を設立し、I氏にその株を持たせ、かつ実質経営者として同社取締役に任命。本体から引き離して治外法権を認める、特別扱いを講じました。実質的な分社でした。

  

結局はこれがまずかった。稼ぎ頭であるSMAPを管理するI氏は、自他ともに認める実権者となり、テレビ局の番組編成などを巡って、オーナー家娘とI氏の局を挟んだ軋轢が次第に大きくなったのです。これを聞きつけた週刊文春が、女性経営者に社内派閥の存在について追求。これに怒った彼女が「オーナー家に反駁する派閥を組むようなものは出て行け」とI氏に三行半を叩きつけたことで、SMAPを引き連れでの事務所移籍騒動に発展したのです。その後は前述のとおりキムタクの残留宣言で全て白紙化。I氏は事務所を追われました。

 

徳川幕府が平和統治できたのは「セオリー」を守れていた

お分かりでしょうか。オーナー企業における功労社員、右腕、あるいは参謀役の処遇の難しさが、この問題の根底にあるのです。組織管理とは人の管理です。基本ルール、役割分担、決裁権限を決めて例外を作らずに統制をはかるのは、組織内の上下関係を明確にして、トップに連なるヒエラルキーを徹底させるために他なりません。例え功績や人望がどれだけあろうとも、特定の人間に統制から外れる例外的特権を与えるなら、例外扱いを受けた者とその支持者たちは、既存のヒエラルキーとは別の権力構成を作り上げてしまうからです。

  

戦国時代の下克上がなぜ起きたのか、その反省を踏まえてつくられた徳川幕府が、なぜ170年もの長きにわたって日本を平和統治できたのか。歴史は雄弁に組織管理のセオリーを教えてくれるのです。しかしその統制のセオリーは意外に知られておらず、現代に翻れば、オーナー企業で特権を与えすぎた参謀役が社員を引き連れてライバル社の社長としてヘッドハントされたとか、特別待遇していた営業エースが自分の取引先をごっそり抱えて独立したといった事件は、今もそこここに転がっています。さらに一度痛い目に会っていても、統制のセオリーに気づかぬまま、また同じような痛手を被る経営者も多いのです。

  

SMAPの一見は、ごくありふれた企業の「統制ミス」

SMAPの一件は、SMAPという国民的アイドルグループが問題に絡んでいなければ、幹部社員の扱いを間違えた一オーナー企業の統制ミスで済まされた、ごくごくありふれた事件だったのです。しかしそれで済まされなかった最大の理由は、長年SMAPを応援し続けてきたファンの皆さんという、ある意味最も痛手を負った被害者が日本中にいたからでした。

  

解散撤回を求めて、今も40万人近い署名が集まっているとも聞きます。ファンあっての芸能事務所としては、今回の問題がファンを大きく悲しませる結果になったことを重く受け止める必要があるでしょう。しかし、いかに重く受け止めようとも、ジャニーズ事務所が本件の根底にある統制のセオリーを守ることの重要さに気がついていないなら、第二第三のSMAP解散事件はいつまた起きてもおかしくないとも思われるのです。

  

★参考書籍:週刊文春記者が見た「SMAP解散」の瞬間(文春e-book)