最近、障害を持たれた方々の活躍がニュースなどでよく目に留まる。

 

とても素晴らしいことだが、これって一昔前は考えられないことではないだろうか?

 

<寝たきり芸人>同情はいらない、ただ笑って(毎日新聞)-Yahoo!ニュース

 

新宿に「欠損バー」 義手や義足、向き合い方変える試み:朝日新聞デジタル

 

障害者プロレスで熱くなれ ドキュメンタリー「DOGLEGS」:朝日新聞デジタル

 

というのは、障害者とは守られる存在であり社会全体で支える方々。そんな空気が世間の認識の大半だった気がするからだ。

 

それが日本において変わってきたのが、乙武洋匡氏の活躍。

 

乙武氏は先天性四肢切断という「生まれつき手と足がない」状態で生まれたが、「障害は不便です。だけど、不幸ではありません」という座右の銘を大切にし、自分にしかできないことを追求してきた。

 

その結果、メディアにもコメンテーターなどで出演されることが多くなったわけだが、これがとても大きい。

 

以下は、7年前のニュース記事だが、女子プロレスの前座で行われていた小人プロレスに関する記事である。これを読むと特定の人々に社会的弱者のレッテルを張り、ひとまとめにして過度に守ろうとする行為は、彼らの生きぬく力や居場所を奪っていることがわかるのではないだろうか。

 

「誰が小人を殺したか?」小人プロレスから見るこの国のかたち-ライブドアニュース 

 

障害を持った方々の活躍を、腫れものを扱うかの如くタブー視することこそ問題であり、ありのままに伝えられる下地がメディアにできてきたというのは歓迎すべきことだ。