■「ゲイ向け●●」と選択肢を制限されることを嫌う日本のゲイたち

こうした消費行動に慣れている人々ほど、「多くの選択肢の中から自分の意思で選んだモノ」に高い納得感や満足感を得る傾向があります。

 

たとえ結果的に同じ商品を購入したとしても、誰かに限定された選択肢の中からその商品を選んだのと、無数の選択肢の中からその商品を積極的に選んだのとでは、得られる満足感には大きな差があります。

 

こうした、普段から買い物に慣れていて、目利きのするゲイたちに「ゲイ向け●●」「ゲイ専用●●」という商品を提供するマーケティング方法は、選択肢を限定し、買い物の楽しみを奪うことにもなり、ゲイたちには支持されるどころか無視されるのは火を見るよりも明らかです。

 

特に日本は欧米のようなカップル文化も強くないため、一人や同性の友達同士でオシャレなレストランに行っても断られることはありませんし、ゲイとわかって突然殴りかかられるようなシチュエーションも、国内にいればそうそう遭遇することはありません。

 

欧米ではオシャレなレストランはカップルで行くのが普通で、同性同士で訪れると入店を断れることも多いそうです。また、宗教観に根を持った過激な差別主義者もおり、そうした人々から身を守るため、安全にコストを払うという観点もあるようです。

 

こうした「LGBTであるが故に受けられないサービスや購入できない商品」というものが存在して初めてLGBT市場というものが成立するため、「欧米でLGBT市場というのが盛り上がっているらしい」「じゃあ日本でもやってみよう!」という発想から始まったこの戦略が、日本にはなかなか根付かないのではないかと筆者は見ています。

 

■結局、これと言った特殊性のない「LGBT市場」

私たちにとって、社会生活を送る上で「ゲイ」という属性は、数ある基本属性の中の一つでしかなく、ある時は会社の一員として、ある時は地域社会の一員として、ある時は家族の一員としてその時と場合に合った意思決定をしています。

 

それは買い物の際も同じで、人はモノやサービスの購入を決定するとき、「これは自分に向けて作られたものかどうか」をよく考えると思いますが、「ゲイである自分」としてその意思決定をする機会というのは、ヘテロセクシュアルのマーケッターの方々が考えるよりもずっと少ないのかもしれません。

 

私たちはゲイである以前に生活者であるし、良い商品、良いサービスを選択したいと思うのは至極当然のこと。平凡な商品やサービスの頭に「ゲイ向け」「LGBT向け」という枕詞さえ付ければ、魔法のように売れていくという幻想を抱くのは、そろそろやめませんか?