こういう考え方をしてみてほしい。たとえば、学費だとかランチだとか飢えに苦しむ人だとかとブータレてる人たちの年収が、ざっくり1万ドル(約120万円)だとしよう。そして、ビヨンセの年収が、またざっくりと1000万ドル(約12億円)だとする。となれば、ブータレてる人たちにとっての1本2万ドルの高級シャンパン(正確にはスパークリングワイン)は、ビヨンセにとって1本20ドルの単なるスパークリングワインという計算になる。すなわち、私に当てハメれば「ギャラが入ったから足裏マッサージの30分コースに行っちゃいました」程度の感覚でしかないのだ。

 

昨今の資本主義、格差社会でそんな金銭感覚のズレをとやかく言ってもしょうがない。「ええなあ……死ぬまでに一回でも、こーいうことできたらなあ……」と素直に羨んでいればいいではないか。仮にビヨンセが100万ドルかけてお菓子でつくった特注フェラーリをハンマーでボコボコにするようなミュージックビデオを公開したなら、そのとき初めてヒステリックに騒げばいい。

 

「ビヨンセはどのみち、あなたたちの学費を払ったりしない。ジャクジーにシャンパンを注がせてあげて」

 

この数少なかった擁護の声のひとつに、すんなりと納得できてしまうのは、はたして私だけだろうか?