こんな話がネットで話題になったという。

 

いじめられた娘のために母が起こした行動 Twitterで反響

 

子どもをいじめられた母親が、主犯格の子の母親を連れて学校に乗り込み、その主犯格の前で母親を殴って「お母さんを痛い目に遭わせたくなかったら、これ以上娘に手を出すな」と言ったのだそうだ。「因果応報だな」「これくらいしなきゃダメ」と賛同の意見も続々寄せられたらしい。

 

「わが子に危害を加える者が現れたら、刺し違える覚悟で生きているのが母というものだとは思います。でも、これは解決になったのでしょうか。」

 

まだ幼いお子さんを育てるワーママからそんな質問が来たので、考え込んでしまった。

 

さぞかしスカッとしただろう。それはわかる。でも、問題は解決したのかな? そう思いながら、つらつら書き始めた。子育て相談に優しく答える原稿だってもう10年近く書いているんだから、お手のもの……のはずだった。

 

「それは解決にはなりません。『目には目を』『因果応報』と、暴力を暴力で押さえ込むのは、目の前の事象をその場だけ解消したに過ぎず、相手の感情問題や行動問題の解決を先送りにしてしまっているので、その押さえ込まれた怒りをいじめ主犯格の子はまたどこかで暴力で吐き出すでしょう。」

 

「暴力を暴力で解決すると、そもそも暴力は問題解決の手段である、暴力は有効である、とあなた自身が子どもたちの前で認めたことになります。暴力の連鎖が起きるだけ。根本的な問題を見逃し、連鎖の輪の一つとなってしまうのではなく、まずは暴力は無効である、いじめは傷害である、社会生活の中で許されないものである、と教えていかねばなりません。学校や本人たちに根気よく働きかけましょう。」

 

なんて“良識的に”諭す。でも、書いていてまったく乗れないどころか、自分で腹が立ってきた。理屈はそうかもしれないけど、実際に自分が当事者だったとき、外野の安全な場所からそんなご立派な正論を言われても一ミリも共感できないわ。だってそれこそ自分の子の痛みや悲しみは封じ込められたまま。“正論”は往々にしてヒューマンな問題を解決しないものだ、と思ってやめる。

 

では、海外と比較してみる“外圧バージョン”はどうだろう。