あるテレビ番組を見ていて、“敗者復活”という言葉が耳に残りました。

 

今の社会は、勝つか負けるかのギスギスした社会になっており、さらに一度負けるとなかなか“敗者復活”ができないので、それが心の病や人を傷つける犯罪や、他人のことを顧みない風潮の一因になっているのではないかということでした。何となく納得をしながら聞いていました。

 

ここで言っていた社会を企業に置き換えてみた時、例えば私がかかわることが多い人事制度であれば、人の評価というものが必ずついて回ります。この人事評価の仕組みとしては、評価基準を設けたり職務基準を作ったりして、ある程度の客観性に基づいて、ゼロベースで評価できる形を整えようとします。

 

ただ、これを運用していくと、その人その人の評価というのは、実際にはあまり変わるものではなく、固定化していく傾向が強いと感じます。「仕事ができる人もできない人も、そんなには変わらない」「仕事の能力は急に変わるものではない」ということも、ある面では真実だろうと思いますが、一方で、一度貼られたレッテルはなかなか剥がすことができないという面を感じます。

 

特に中小零細企業の場合は、個別の人間同士の相性も絡んで、その人の評価や組織内での序列といったものは、いつまで経ってもなかなか変わりません。少人数の固定化した集団では、ある程度はやむを得ないことなのかもしれません。

 

また、例えば役職任命に関してであれば、昇格も降格も、栄転も左遷もあるでしょうが、どちらかといえばよほどの失敗や責任問題、能力不足といったものでもない限り、外す、降ろすという処遇はしないことが多いと思います。これは裏を返せば、一度役職から外れると再度戻すのが極めて難しいということの証明で、要は「敗者復活はしづらい」ということなのだと思います。