■遺伝子ドーピングは検出しにくい
遺伝子ドーピングの最大の特徴は「その遺伝子が生まれつきのものなのか、人為的に導入されたものなのか、容易に区別できない」という点です。

 

五輪でしばしば問題になる「薬物ドーピング」は、禁止された薬物(筋肉増強剤など)を使用することです。使用する薬物は、本来なら人体に存在しないものなので、尿検査などで容易に検出できます。

 

ところが遺伝子ドーピングは、人体にあってもおかしくない遺伝子を導入して、運動能力に関わるタンパク質などを作ります。そのため、生まれつきそういう遺伝子をもっているのか、あるいは人為的に導入したものなのか、簡単には区別できません。そのため、遺伝子ドーピングに興味をもつアスリートがいても、決して不思議ではありません。実際、「NEXT WORLD」で登場した研究者は、興味をもつアスリートは何人かいると述べています。

 

現在では、治療目的の遺伝子導入すら臨床研究段階です。運動能力の向上のための遺伝子ドーピングが、そもそもヒトで本当に有用なのか、副作用はないのか、全くわかりません。あまりにもリスクが高すぎるので、普通なら手を出さないでしょう。ただ、リスクを冒してまで挑戦するのがアスリートなので、実態がどうなのかわかりませんが。

 

では、遺伝子ドーピングは全面禁止すべきなのでしょうか。例えば、幼いときに重篤な病を治療するために遺伝子治療を受けた人が、やがてスポーツの才能に目覚めても、遺伝子ドーピングとして出場禁止するのは正しいのでしょうか。トップアスリートになれるかどうか、ある程度は遺伝子の個人差で決まっているのであれば、(少なくともスポーツに対する)遺伝子に恵まれなかった人が表彰台に上がることを「生まれつき門前払いされる」ことは公平な社会なのでしょうか。

 

投資家でもある2人の研究者が、2012年(ロンドン五輪の年)に『Natre』誌に掲載した記事では、いずれは遺伝子ドーピングが容認されるだろうと、大胆な予想をしています。

 

Juan Enriquez and Steve Gullans, Genetically enhanced Olympics are coming. Nature 487: 297 (2012)

 

■遺伝子ドーピングが一般社会にも普及する?
遺伝子ドーピングは、五輪だけでなく、一般社会にも課題をつきつけます。

 

人は年を取れば、どうしても体力が衰えます。もし、遺伝子ドーピングによって体力の低下を防ぐことができるとしたらどうでしょうか。近所のスーパーに買い物に行くことすら大変な高齢者が、遺伝子ドーピングで体力を取り戻すことを非難できるのでしょうか。

 

あるいは、コミュニケーション能力も遺伝子ドーピングで改善できるとしたらどうでしょうか。発達障害の一部は、遺伝子が関与しています。もし、発達障害を回復できるような遺伝子治療が現れたら、それを応用して円滑なコミュニケーション能力を得られる遺伝子ドーピングができるかもしれません。大切な商談前に使いたいという誘惑に勝てますか。

 

五輪で培われた栄養管理やシューズの開発技術などは、私たちの生活にも活かされています。ならば、五輪で遺伝子ドーピングが容認されれば、その恩恵は一般社会にも広まる可能性は大いにあります。今回紹介したメリットを享受するか、あるいは拒絶するか。あなたはどちらですか。