新年からNHKがシリーズで放送してきた「NEXT WORLD 私たちの未来」の第3夜で「遺伝子ドーピング」が登場しました。そこで、遺伝子ドーピングとは何か、薬物ドーピングは本当に禁止すべきなのか、さらに未来の私たちの生活について、あえて肯定的に考えます。

 

■運動能力は遺伝子の個人差に左右される
遺伝子は、よく「生命の設計図」と表現されます。僕はこの表現があまり好きではないので「生命のレシピ」という言葉を使っています。「設計図」というと、それだけで全部決まっていて、欠陥が一つでもあればダメというイメージが強くあります。「レシピ」なら、食材のよさ(遺伝子)と調理技術(環境)の両方で決まるというニュアンスがうまく伝わるからです。

 

では、一般の人とトップアスリートでは、もっている遺伝子は違うのでしょうか。

 

例えば「短距離走向けか、長距離走向けか」というのは、遺伝子がかなり強く影響します。これは、「ACTN3」という遺伝子の個人差によって、作られる筋肉の種類が変わるためです。他にも、血管の収縮に関わる遺伝子「ACE」など、運動能力を左右する遺伝子の個人差はいくつか見つかっています。

 

ただ「この遺伝子のタイプ1個あれば勝てる!」という、いわゆる「金メダル遺伝子」はなさそう、というのが通説です。多くの遺伝子の個人差の組み合わせと、それに適した競技が合致し、さらに並々ならぬ努力を経て、初めてトップアスリートになれるというのが、研究者のなかでの一般的な考えです。

 

■驚異的な運動能力を与える遺伝子
「遺伝子は生まれもって受け継いだもの」です。しかし最近では、遺伝子を外部から人為的に導入して、病を治療しようとする研究が行われています。いわゆる「遺伝子治療」です。さて、遺伝子治療で使われる技術を、運動能力の向上に結びつけることはできるのでしょうか。

 

答えは「おそらく可能」です。マウスでは、骨格筋で「PEPCK-M」という遺伝子が活発に機能するように遺伝子を導入させると、驚異的な運動能力をもつということが報告されています。通常のマウスは、走るスピードは分速20m、スタミナはせいぜい10分です。ところがPEPCK-M遺伝子を導入させたマウスでは、トップスピードが分速50mと2.5倍になり、さらに2時間以上走り続けることができます。

 

Hakimi P et al., Overexpression of the cytosolic form of phosphoenolpyruvate carboxykinase (GTP) in skeletal muscle repatterns energy metabolism in the mouse. The Journal of Biological Chemistry 282(45): 32844-32855 (2007)

 

「NEXT WORLD」では、別の遺伝子「IGF1」を筋肉に注射させると、運動能力が向上するという研究成果を紹介していました。どちらも、筋肉が衰える難病の解明や治療にもつながる基礎研究です。ところが、これらの研究で得られた成果や技術を、トップアスリートが自身の能力をより高めるために使うことも、不可能ではありません。遺伝子を人為的に導入させることで、競技のための運動能力を向上させることを「遺伝子ドーピング」といいます。