ベビーカーに乗ってる赤ちゃんや幼児って、乗りたくて乗っていると、思います? それとも、本当は乗りたくないけど我慢して乗っていると思います? なんで唐突にそんなことを話ているかというとですね、こんな記事を読んだのです。

 

日本男子は、なぜベビーカー女子を助けないのか(PRESIDENT Online)

 

駅や電車などでベビーカーを女性を、なんで日本の男性は助けないのだろうか、という問いかけに対する回答で、自分はそういう女性がいたら助けるけど、ベビーカーは親が楽をする為のものだから、助けない人がいても責められないだろう、というのが文章の主旨です。

 

この文章は結構前に書かれたもので、既に色んなところから批判が出ています。僕はというと、ベビーカーを使う使わない、使っている人を助ける助けないの議論の前に、この文章のちょっと細かいところで、すごくひっかかってまして。以下リンク先からの引用です。

 

当のベビーたちもあの「車」に乗りたいのでしょうか。親からの距離が遠くなって不安だろうし、速足で歩いたり満員電車の中で押し合ったりいる見知らぬ大人たちの下半身だけが見えて危険を感じるでしょう。言葉を発することができれば、お父さんお母さんにおぶって欲しいと主張するのではないでしょうか。

 

この直後「僕には子どもがいないので実感はありませんが」と続いているので、これを書かれた方は、子育てはされていないのでしょう。だから、知らないんですね、知らないけれど想像で書いてしまっています。しかも、子どもの気持ちによりそったつもりで、です。こういう、無関心な善意というのは、子育てしている人を酷く追い詰めることがあります。

 

重箱の隅をほじくるようで大変恐縮ではありますが、どこが間違っているのか、ちょっと指摘してみますね。