・・・とりあえずタイトルとは全然関係ないんですが、夕張は本日恐くなってくるぐらいの吹雪です。

いつもの定点観測。

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雪質はサラサラしてて本当に良いのでスキーヤーとしては喜ばしいんですが、事故とか起こらないのを祈るばかりです。

そんなわけで(全然そんなわけじゃないですが)そろそろNHK大河ドラマ反省会のシーズンがやってまいりました。

平清盛」です。(リンクはNHKの公式サイトです)

兵庫県の知事さまは、最後までやっぱり辛口評価だったみたいです。

平均視聴率も歴代大河ドラマ最低記録を更新しちゃったようなんですが。

でもボクも毎回録画して観てたし、これだけ録画技術が発達してる現状で、リアルタイムで観てる人だけカウントすることにどれだけ意味があるんでしょうかねえ?・・・・・
(もし録画も視聴率のなかに入っているならボクの勘違いです。その場合はすみません)

で、よく批判対象として挙げられてたのが「人間関係や地位による対立構造などがわかりにくい」ってことです。

実際ボクもわかりにくく感じることがありました。
で、参考にテキストを読んでみたいな、と思って買ったのがこの本。

平清盛の闘い  幻の中世国家 (角川ソフィア文庫)
平清盛の闘い 幻の中世国家 (角川ソフィア文庫)

内容は本当に勉強になったし、何よりこの時代と清盛に関して新たな視点が持てた、というのが一番の収穫だったんですが、それでも地位とか人間の関係が把握しにくくてやっぱりムズかしいや・・・というのが本音なんですね。

逆に時代背景のややこしさがわかると、それをあれだけ噛み砕いてドラマにした脚本家や製作スタッフの方たちの苦労がわかって、敬意が湧いてきました。

製作スタッフのみなさま、本当にご苦労さまでした。
TVドラマをめったに観ないこのボクが思わず最終回まで観たのですから、結局面白いドラマだったと思います。
ありがとうございました。

あと、どうしてもわかりにくかったんで、NHK高校講座・日本史の当該回も観てみました。

リンク先の「平安京の時代」あたりから「鎌倉幕府の成立」ぐらいまでですね。
なんとネットでも観れてしまうんです。
そしてこれがわかりやすくて面白い!!
今まで観なくて損したなあ・・・・・お勧めです。

で、ここからは私的な反省会です。

今回の大河ドラマでは、物語のかなり始めに近いところで観るのを止めてしまった人が多かったそうです。

長編小説や1年間以上にわたるTVドラマなど、物語が長ければ長いほどその冒頭部分は重要になってきます。

前にも書いたのですが、物語というのは旅のようなものです。
もしそれが長い旅なら、旅に出る人はそれがどんな旅で、目的地はどこなのか知ることで、果たしてその旅が多くの時間と労力を費やすのに値するものなのか判断したいと願うでしょう。当然のことです。

物語の作り手はいわば旅の案内役です。
だから長い旅にお客さんたち(=読者や視聴者たち)を誘いたいなら、まず物語のはじめにそれがどんなことを描きたい旅で、どこを目的地として目指すのか、なるべく早めに示さなければなりません。
お客さんはそれを示されてから、その長い旅についていくかどうか決めるのです。

もちろん目的地を明かさない「マジカル・ミステリー・ツアー」なんてのもありですが、その場合冒頭で多くのお客さんを逃してしまうリスクを覚悟すべきでしょう。

そういう観点からNHK大河版「平清盛」の冒頭部、物語の導入部を考えると、やはり初動でちょっと失敗しちゃった部分もあったなあ・・・と思うのです。

とくにタフマンこと伊東四朗さんが熱演された白河法皇のキャラ設定です。
伊東さんの演技は素晴らしいんです。ただ、白河法皇って、ウィキペディアの記事で読んで頂いてもわかる通り、当時政治的実権を握っていた藤原摂関家から王家(当時の天皇家)中心の院政に権力をもぎとった改革者でもあったと思うんです。

ウィキによると、男色傾向もあったみたいで、かなり濃い人物であったことは確かみたいですが(汗)・・・・・
だからって家族で観たい視聴者をドン引きさせるほどの濃いキャラ付けとエロい演出はリスキーでしたね・・・・・

ただ物語的に対立構造を描くなら、保守的なエスタブリッシュメント側の人々とそれを打破しようとするイノベーション(改革者)側の人々に分けたら良かったんじゃないかと思うわけです。
その点から見れば白河法皇は改革者側のほうで、清盛と同じ側です。だから清盛は本来彼にシンパシーを抱いても良かったのに、ひたすら「もののけの血」なんて言って畏(おそ)れの対象みたいになって、なんか対立関係みたいになっちゃってました。
それでちょっとドラマの骨格がはじめから見えにくくなってしまったように思われます。

ちなみにこの時代の勢力図、というか権力グループを考えて見ると、まず藤原摂関家。平安文化の担い手でもあり、当時のエスタブリッシュメント側の人たちです。

次に天皇(ミカド)を中心とした王家。王家と呼ぶのは失礼だという意見もありましたが、当時の天皇家は権力闘争とかかなり生臭い部分もあるので、むしろ現代の天皇家と呼び方を変えて配慮したほうが良いんじゃないかと思います。
彼らも基本的にエスタブリッシュメント側なんですが、藤原摂関家から王家の親族による院政へと権力の中心をシフトさせた白河法皇は言うなれば「エスタブリッシュメントの中にいる改革者」です。
実はこの立ち位置こそ清盛が目指したものじゃないでしょうか。

あと、平家と源氏という武士、というか”軍事貴族”なんですが、両者はかなり方向性を異にします。

王家や摂関家の近くにあって、彼らをも組み入れた権力構造のなかで頂点に立とうとした平家、というか平清盛。

東国武士を率いて、当時のエスタブリッシュメント側とは独立したかたちで鎌倉に政権を築こうとした源氏。

他にも寺社勢力とか、東北の奥州藤原氏とかも絡んでくるのですが、あまり描きすぎるとややこしくなりすぎるので、ドラマでもあくまで脇役にしたのは正解だったと思います。

ともあれ、このように「白河法皇や平清盛のように、当時のエスタブリッシュメントの中にあって自らの目指す権力構造へ再編成しようと奮闘する人々」と、「源頼朝のように、当時のエスタブリッシュメントとは離れて独立した権力構造を構築しようとする人々」という対立構造を物語の早くから描けたなら、最後まで一貫したわかりやすい道筋が示せたと思うのです。

だから事実はどうあれ、源頼朝の父で、玉木宏さんが演じた源義朝にはそういう後者(分離独立志向)のビジョンを語らせるべきでした。
その果たせなかった夢を息子の頼朝が受け継いでいく、という設定にすれば良かったのです。
彼(源義朝)は実際若いころには京都から離れた東国で勢力を伸ばしていたようです。

あと松田翔太さんが演じた後白河法皇
彼も上に述べた対立構造から言えば、清盛とは結局反目することになるので、もっとエスタブリッシュメント側の面を強調したほうが物語がわかりやすくなったと思います。
確かに奇矯な行動も多かったようですが、エスタブリッシュメントの中にあってバリバリ改革派の道を進もうとする清盛と、結局エスタブリッシュメント(保守派)に回帰しようとする後白河法皇、という対立構造を鮮明にすればその間にあって結局心労で亡くなってしまう清盛の長男・重盛(しげもり)の苦悩にもリアリティが出せたんじゃないかと思うんです。

ドラマでは清盛・後白河両者ともかなりとんがった人物として描かれていて、あれじゃなんで間に立つ重盛がそこまで悩んだか全然ピンとこなかったのです。

こう書いてみると、物語である人物を大河ドラマ的に描く場合、その人物がなにを目指しているか、ということとそれに対抗する人物や勢力を登場させて、対立構造を鮮明に描き出すのがわかりやすさという面では重要であることに気付かされます。

でも実際の政治の場面では、政治家が安易に対立構造を演出するのに乗せられちゃダメですよ!!

あと清盛が口グセのように言ってた「武士の世をつくる」ですが。

上に挙げた「平清盛の闘い」のなかで著者である元木泰雄先生もおっしゃってるんですが、歴史上の権力闘争を、例えば武士vs王家(朝廷)みたいな階級闘争みたいに捉えるのは、マルクス主義に毒された現代歴史学者の悪いクセみたいなものだそうです。

実際は武家と朝廷側の貴族が組んで、他の武家&貴族コンビと戦ってたりしてたわけで、もっと生臭い権力ゲームとして描いたほうが良かったかもしれないし、清盛はその「ゲームの達人」だったのですね。

あれこれ書きましたが、近年のNHK大河ドラマの中ではかなり面白かった作品であったことは事実です。
(ていうか、ボクは清盛以外最近の大河全然観てなかった・・・・・)

キャストも基本的には良かったと思います。

個人的には「坂の上の雲」の広瀬武夫役に続いてハマリ役だった、伊東忠清(いとうただきよ)役の藤本隆宏さんが好印象でした。

松本ケンイチ君はすごく演技がうまいと思うので、物語の導入部から、もうちょっと沈思黙考タイプの清盛に演出してもらえば良かったのにね。

ともあれ、神戸出身のボクとしては、神戸の開祖ともいえる平清盛公の新しいイメージを開拓してくれたドラマとしても高く評価したいのでありました。

ではこのへんで。