ただ(住宅産業界の肩を持つわけではないのですが)、現時点で、この手法をそのまま我が国にあてはめるのには、違和感もあります。

 

たとえば、都市部でも防災の観点から不燃化建築への建て替えが急務な木造住宅群や、地方にいけば、通柱も筋交いもない粗悪な建築群。つまり(いやな言い方なのですが)、淘汰されるべく住宅建築も、悲しいかな沢山あるのも現実でしょう。長持ちする良質な新築住宅であるのなら、まだまだ造りつづける必要はあるはずです。

 

そして、長持ちする良質な住宅を新築していこう、という取り組みの政策もあります。住宅性能評価制度をベースとした長期優良住宅の制度です。これは、新築住宅一辺倒であったこれまでの住宅市場に、中古住宅も流通させていこう、という不動産業界の改革とリンクするもので、これも基本的に支持できるところです。

 

ただ私には、住宅の『長期優良』とするべく基準項目には、まだ検討の余地があるように思えます。

 

空き家を減らす。そのためには、新規住宅着工数は徐々に減らしつつ、出来上がった住宅は長持ちをさせること。それには政策や産業構造の改革ばかりでなく、私達の価値観も変化していかなくてはならない。

 

私は、そう考えています。必要なことは2つです。

 

ひとつには、古いもの、または古いものをアレンジして使う、ということの価値を、もっと高めていくこと。せっかく造った住宅建築は、出来るだけ次世代に引継ぐことを“カッコよし”とする価値観です。

 

住宅建築は、建主個人の資産であることと同時に社会全体のインフラでもあるはずです。そう考えると、2020年東京五輪のメイン会場となる新国立競技場建設が、多額の予算(血税)による建替新築工事ではなく、現・国立競技場の耐震補強と改修の計画でカッコよくできれば、逆に象徴的存在となりえたかもしれません。象徴とは、斬新なデザインだけではないはずです。