そんなふうに「いかがでしたか?」には、批判をかわしつつ、当たり障りのない円滑な雰囲気を作る効果があります。しかし、本心から賞賛の言葉を返せるときはいいんですけど、本心と裏腹にホメ言葉を言わされてしまった場合は、心の中にモヤモヤが残ります。わざわざ「いかがでしたか?」と聞かれなかったら、とくに悪い印象もなく「まあ、こんなもんかな」と思って終わりだったのに、聞かれて無理にホメてしまったせいで「たいしたことなかったかも」という印象を抱いてしまうことは多いでしょう。

 

たいへん余計なお世話ですが、記事で使われる「いかがでしたか?」も、同じリスクをはらんではいないでしょうか。便利さを享受すると、引き換えに何かを失ってしまうのが世の常。どこか言い訳がましさや自信のなさが漂ってしまうのは、とりあえず腰を低くしておけるという効果もあるし、おそらく織り込み済みかと存じます。それだけでなく、すごく面白い記事が「普通だな」という印象を与えたり、普通に面白い記事が「いまいちだな」とガッカリされてしまわないか、とても心配です。

 

ただ、私がここでこんなことを書いたところで、ネット上での「いかがでしたか?」の広がりを止めることはできないでしょう。やがて紙媒体でも当たり前のように見る日も近そうです。読み手としては「いかがでしたか?」と聞かれたことで不当に評価を下げたりせず、面白い記事は面白い、普通の記事は普通だと、冷静に判断したいところ。「あっ、また見つけた」とこっそりほくそ笑むのは、まあ、いいんじゃないでしょうか。

 

いかがでしたか? あなたのこれからのネットライフに、新しい楽しみとややこしい雑念を少しでも与えることができたとしたら幸いです。