人間には必ず"老い"と"死"というものが訪れる。古来、不老不死を追い求める権力者の話があるが、未だ実現不可能な永遠のテーマである。それ故、多くの人が”死”を恐れる。また、一方で"その時"が自分に訪れる時は、できるだけ苦しまずピンピンコロリと逝きたいものだと願う。

 

だが、現実はそう簡単にいかない。

 

多くの方が思わぬ障害を持ち、予後を過ごす。これは人生の終盤で起こる最後の試練と言ってもいい。そういった多くの方々に「劇的な回復がないからやり甲斐がない」なんてどうして言えよう。

 

生活期の介入。とくに療養型など寝たきりの方が多い施設では、患者さんに劇的な回復は見られないかもしれない。しかし、そこには必死に生きている”命”が"人間"がいるのである。

 

なにも介入しなければ、食事を自力でとれていた人が、介助が必要となり、胃瘻につながることもあるし、呼吸機能の低下によるむせ込み、誤嚥性肺炎などにも繋がることもある。また、関節の拘縮等はオムツ交換、清拭時等に多大な苦痛を与える可能性もある。逆に介入により、胃瘻や経管栄養から経口摂取に戻すこともできる場合もあるのだが、そういった介入を軽視している。