バブル就職最終世代なので、就職活動は楽勝でした。結果として大手は軒並み落ちてしまったので小さな出版社に就職しましたが、いまファッションエディターとしてフリーランスの立場で活動している自分にとっては、大手出版社のブラックボックス人事によって興味のない分野の編集部や、編集部以外の権利・法務部門に配属されて一生を終えるより、ずっとよかったとさえ思っています。

 

大学3年の終わり頃、前の年に大手都市銀に就職したサークルの先輩が、ある日電話を掛けてきて、就職相談という名目で喫茶店で会って話をしてくれました。出版社に行きたい旨を話すと「それはぜひ頑張ってくれ。でも、ちょっとだけ俺の先輩にも会ってくれ」と言われ、先輩が上司、上司が人事、人事が取締役と名刺の肩書が徐々に変わっていきました。

 

気づいたらパイプ椅子と長机が並ぶ会議室からからふかふかのソファと低いテーブルが置かれた部屋になっていて、白髪のジジイが「で、きみはどんな銀行員になりたいの?」なんて聞くから「じつは一番最初に銀行員になる気はありませんと申し上げていたのですけど…」と言って帰って来たら、その晩先輩が電話かけてきてめちゃくちゃ怒られました。

 

バブル期のリクルーター式採用活動は、優秀な人材の確保といいつつ、雪だるま式に成長していた企業の人材を補うために当時としては確実かつ妥当な方法だったのだと思います。

 

友人には会社訪問解禁日まで、先輩に朝から晩まで連れ回されて、今日は喫茶店に5軒入っただの、映画を見ただの、ディズニーランドに3回行ったなんていう話も聞いたし、ここでは書けない大人のサービス店に連れてってもらったやつもいました。いま、そんなことしたら速攻SNSで祭りになって企業のHPが炎上してしまうでしょう。