天下の朝日新聞が「ら抜き」言葉はダメだと思う」って記事を読んだ。
ぼくは「ら抜き言葉」ぜんぜんOK。
言葉はコミュニケーションのツールだから、それぞれ豊かに使えばいい。
ら抜き言葉ぐらいでこんなに立腹する人は生きるのが大変だろうなぁ。

 

田舎のおじさんも「ら抜き言葉ゆるさん」って怒る人でした。
たびたび怒られた。
おじさん、よく言ってたなぁ。「もっと許せないのは、ら抜き言葉を責めるのに、自分はい抜き言葉使うヤツだ」とかね。

 

「い抜き言葉」というのは、「~ている」の「い」を抜いちゃうやつですね。
おじさんが、もし「天下の朝日新聞が「ら抜き」言葉はダメだと思う」って記事を読んだら、ものすごい勢いでお怒りになるでしょう。
「“コピーライターもやってた”とはなんたる言葉使い。“コピーライターもやってた”だろがっ! い抜きが許されるのは居抜き物件だけぞ!」
「“校正の人とかどうなってんのかと思いました” ああ、嘆かわしい嘆かわしい。“校正の人はどうなっているのかと思いました”であろう。い抜き言葉だけでなく、「の」を「ん」にするとは。んっんっんっ言うヤツはエロ本の読みすぎぞ!」
「“別にいいじゃん” え? なんと言った? 別にいいじゃん? いいじゃん? いいじゃん? おまえは、ハイカラさんか。ハイカラさんが通ったのか。え?」
いや、こんな調子なのですよ、ほんとに。

 

「“脳のヒダが少なそうな気配を感じさせる”って、おい、おまえ。なんで襞をヒダとカタカナにする? またエロ本読んだか、読みすぎたか。ヒダヒダが好きか。しかも、おまえは脳の襞を気配で数える特殊能力者か。そもそも頭の良さは脳の襞の数などで測れるものではないのだぞ。こんなクリシェを使うようになったらおまえはもう老人老人インド人じゃ」
人種差別する人でもありました。
おじさんが、ミニストップの「しゃべれる食べれる」ってキャッチフレーズみたら、どうなるだろう。
行かないどころか、喋りながら店の商品を食べまくって、金払わずに「成敗じゃ!」とか言って逃亡しかねない人でね。

 

「根拠を示せ、根拠を」ってのも、おじさんはよく言ってました。
理屈大好きな国語の先生だったので、ぼくがなにか言うとすぐに「根拠を示せ、根拠を」。
「“ATOKだって「ら抜き」は警告が出ますよ” は? そんなもの根拠にならんこともわからんのか。それがBLOGOSクオリティか」