キラキラ女子ブランディングが大流行りだ。

 

容姿端麗で優秀な自社のキラキラ女子社員を企業PRの一貫として前面に出す。経済紙・誌や業界誌のみならず、ファッション誌にまでその「働き女子」スタイルを押し出すとあって、就活前の学生や転職組にもアピールする意図が見て取れる。実際それで学生の人気を牽引し、人気企業としての地位を固めているIT企業もあり、企業PRとしては成功しているように見える。

 

同じ文脈であろうか。家事も育児も仕事も完璧にこなして知恵に溢れ出世もする、高学歴で美人の「キラキラママ」もまた、メディアで爽やかな笑顔を振りまいている。およそ世のサラリーウーマンたちの上位数%であろう上澄みに過ぎない成功例が「日本のワーキングマザーたちを代表」する。

 

メディアで取り上げられるワーキングマザーは、なぜみんな判を押したようにああも完璧なのか。完璧でなければ記事にならないからか?

 

あの、同じワーキングマザーたちからすれば「あんな風にはできない、なれない」と劣等感さえ感じるほど無茶な完璧ぶり、オーバーアチーバーぶりは、社会的な誘導の結果でもある。ああいったスーパーウーマンにならなければ、親や配偶者や地域や同僚や会社から見知らぬ無責任な他人まで、社会の全方位を治め納得させられない、その立場にはいられない、ということの表れなのだ。

 

実は筆者、およそ10年ほど前に「結婚しない・産まない団塊ジュニア」や少子化問題への対応として、メディアや広告代理店とのブレインストーミングでやたらと「ママタレントのような、キラキラした夢のあるロールモデル」の必要性を語っていた経験がある。