私は昔、『北斗の拳』という漫画を好んで読んでいた。その描写は少年誌としては刺激が強く、やや問題になった気がする。ただ、幼少の私はそれに目をそむけることはなかった。その上で生まれた感情としては、『悪いことをしちゃいけない。自分も世紀末の救世主になる!』という子供らしい素直な気持ちだった。

 

そこには当時、一部の大人が心配した、「残酷な描写が子供の心を傷つけ、精神に影響する」というような感情は皆無だったと言える。むしろその表現の生々しさなしでは、北斗の拳の内容は映えなかっただろうし、現在に至るまで多くのファンを魅了する事はなかっただろう。一部から発せられた良識と言うエゴが子供の感受性を縛る事になりかねなかった典型的な例ではないだろうか。

 

しかし、残念なことに、この傾向はさらに拍車がかかる。TVでは過激なシーンが次々とカットされ放送されるようになった。バラエティの演出も控え目になった。結果、TVはどんどんおとなしくなっていった。ちょっとでも過激な事をすればすぐにクレームが入る。「教育に良くない」と。

 

これにより確かに過剰な刺激から守られる環境が出来た。しかし、その結果、心身に与える情報の衛生基準は常に管理されたものとなる。目の前で起きた事を自分で考察しなくても良い、誰もが綺麗に加工された情報だけを素直に受け取るだけの軟弱な精神が生まれはじめた。

 

ある意味、情報を精査する思考力が低下したとも言えるだろう。