母は料理が好きではなく、上手でもない人だった。だが、子ども心に母の弱点はそこではなく、同じものを作り続けられないということだと思っていた。

 

今のようにインターネットで検索ということができない時代だったから、母はしばしば新聞の今日の料理欄を参考に料理を作っていた。そして、たいていの場合、初日はおいしかったのだが、それが2日目、3日目(作った料理が家族に好評だと、彼女は何日か同じ料理を作り続けることがあった)になると、材料を揃えなくなり、だんだん、違う料理になっていくのが通例だった。

 

家庭料理である、ある材料で作るというのは基本だが、たとえば、バジルがポイントになっている料理でバジルを省いたら、それは単なる野菜炒めになってしまうとか、そんな感じといえば良いだろうか。この料理にコレは欠かせないのに~というものを、いとも平気で省いてしまう、彼女はそんな人だった。

 

古い話を思い出したのは、1月11日が茶道のお稽古の初日で、初釜だったからだ。私は運良く、家元直門の弟子なので、何かを忘れても、必ず、本家本元の(という言い方も変だが)答えが返ってくる。そのため、一度習ったものはどこかで違うものになることはない。

 

だが、弟子は直門ばかりではない。道場に通って来る人の弟子、さらにその弟子と、だんだん関係が離れていくと、途中で伝言ゲームのように少しずつずれていくのだろう、微妙に違う所作になっていることがある。