少し前の東京新聞に冷泉家25代目の冷泉貴美子さんのインタビューが掲載されていた。
冷泉家といえば、藤原俊成、定家の血を引く、和歌の名門。
どんな話だろうと読んでみたのだが、これが大変に面白かった。
なので、少し古いのだが、個人的な備忘録として書いておく。

 

藤原俊成、定家といえば後世の歌人が目標とした偉大な人たちだが、貴美子さんはそれ以降の、代々の人たちがそこそこだったから、冷泉家はその文化を伝承できたのだと語っていらっしゃる。
いわく、天才は新しいモノを生み出す代わりに伝統を断ち切る、創造主であり、破壊者であると。
そう考えると、文化を伝承するためには天才は逆に不要であり、そこそこの人(もちろん、そこそこ以下ではまずい)だったからできたという意味が分かる。

 

そしてまた、伝承すべき文化と芸術は異なるとも。
ここはこの夏、彦根で聞いた宮大工さんのご意見とも重なる部分があり、特に興味深い。
だから、安藤さんの建築はどこまでも安藤さんであり、天才の仕事、しかし、京都の街並み、町家は個性がないが故に風景として美しく、評価される。
芸術が自我を表出することであるとすると、文化は、特に和の文化は和をもって尊しというものであり、決まったものの中でいかに洗練させていくかでもあると。
また、文化を伝承するためには、普通の人の普通の生活が大事であるのだとも。