人を教育したり育てたりすると言うのは、いつの時代でも難しく悩みの種ではありますが…

 

叱る指導もう限界?社員育てる「褒め合いゲーム」
【出処 日本経済新聞】

 

企業の方もいろいろと考えているようです。発想としては面白いですね?誰だって褒められたら嬉しいですし。叱られることより嬉しいのかも知れません…

 

が、これは個性と言うものを無視し、画一的なモノの見方に立っているわけで、全員が全員『褒められて嬉しく、そして、仕事を覚えて伸びる』と、言うことにはなりません。多数を取って少数を切り捨てる。面倒なことを省略した思い込みなのでしょう。

 

昔から指導や教育と言うのは、叱るだけではありませんでした。叱るときには叱られ褒められるところは褒められていました。総合的に考え『叱って育てるよりも、褒めて育てた方が、伸びてくれる人間が多いであろう』と、民主的な発想からの行動なのでしょう。
それよりも、個人個人と向かい合い、個性を伸ばし、認めてあげるほうが良いのでは?

 

ただし、これには相当な技術とコストが掛かってきます。SNSが流行っている理由はなんでしょう?『自分のアピール、存在を認めてもらいたい願望』この辺もひとつの要因ではないでしょうか?

 

叱るとか褒めるとかの方法論ではなく、個人個人の個性を考えて接してあげるほうが技術もコストも掛かりますが将来的にはプラスに作用してきませんでしょうか?
これはライフプランにも言えることで、画一的な平均的と言われるサンプルをそのまま受け入れられる人と言うのは、ほんの僅かなはずなのです。(何を基準に平均と言っているのかも疑問ではありますので…)

 

強引に受け入れることは可能ですが、人それぞれにライフプランがあり個性があって夢も希望もある。
あなたは画一的に括られたモノで満足できるタイプですか?この画一的なモノが悪いことではありません。大勢の人が受け入れているであろうと言う『安心感』が得られますので。(みんながそうなのだからと言う事勿主義)

 

合理的にだけ判断されたものを押し付けられて満足のできない方は、あなたのライフプランをしっかりと検討して下さい。
ただし、これには当然のように技術とコストが掛かります。