無礼講。

 

酒席や宴会で、お偉いさんも下っ端も関係なく、堅苦しい礼儀は抜きにして、気を使わずリラックスして楽しもうという意味でつかわれる、またそういう会のこと。本気にして大変な目にあった……という人もいるかもしれない。無礼講という名の実は気の抜けない飲み会。どう対処したらいいのだろう。

 

■古代からあった無礼講
もとは、神社における神事の最後、神様にささげた御神酒やお餅などを参加した者に配布し、神とともに饗することを「直会(なおらい)」という。これが『礼講』。その後の打ち上げが『無礼講』である。古代の貴族社会や中世の武家社会でも無礼講はあった。

 

もともと儀礼を重んじる第一宴会のあとや、身分を超えた密談を行うための酒席などは「無礼講」と呼ばれていたのだ。実際、南北朝時代に書かれた「太平記」には、後醍醐天皇が無礼講という宴会を開いたことが記されている。

 

■上司だって実は嫌われたくない!
無礼講という言葉を使えるのは、あくまで上司のみ。下の立場の者からこれを言うことは決してない。ということは、上の者が下の者へ「気を使って」発している言葉だということだ。実のところ、上の者が「無礼講で行こう」というのは、まずは、下の者と親しくなりたいという意味がある。これこそ気遣い。上も下も一丸となってまい進するためには必要な手段だ。

 

さらに、「いつもの気づかいや緊張感を少し緩め、英気を養ってくれ。その分、明日からさらに頑張ってくれ」という意味もある。ガス抜きですな。

 

また、大物、太っ腹、懐が深いと思われたい願望も含まれているもの。上司だって人間。好かれたいし、多少のスケベ心がある。無礼講の対処方法としては、つまり、こういったニーズ(ウォンツか)に答えるべく振る舞うのが成功となるのだ。