みのもんたさんが、次男逮捕で番組出演を自粛しているらしい。あさズバどうなってるの?

 

さて、この息子だが、小さい子供じゃない。31歳だ。僕とさほど変わらない。
みのさんは「私の次男の逮捕に関し世間を大変お騒がせした事について、大変申し訳なく思っております。父親として深く責任を感じております。報道に携わる人間として、その公正を守る意味でも報道番組への出演を自粛させていただくことにしました」とコメントしているようだが、31歳の息子の罪について、親が責任を感じる必要はあるだろうか?

 

■罪を犯した責任と、親として感じる責任と

成人した子供が犯した罪に対して、その親が責任を取る必要は無いと思うし、実際親が責任は取れない。償うべきは本人であり、その親ではないからだ。
一方で、みのさんのコメントにもあるように「大変申し訳なく思っている」というのは、親としてあるべきじゃないだろうか。

 

■大人は中々変えられない。育った環境の上で生きていく事になる

会社経営をしている中で、色んな社員と仕事をすることになる。創業当初から長い付き合いになる人も少なくない。そんな中で感じるのは、大人になるとその人となりというのはなかなか変えられないというものだ。
性格的なものや習性とでも言うべきもの。子供の頃からの生活の延長線上にあるようなものは、全てとは言わないが他人の干渉によって変えるというのはとても難しい。それは自分をしてもそう思う。
結局は、育った環境に、人間の根底にあるものは根ざしてしまうと僕は思うのだ。
例え成人し、独立した一人の人間となったとしても、親元で育ってきた自分の子供であるなら、その行動のきっかけとなるようなものはもしかしたら子育て期に与えてしまっていたかもしれない。
どんなことが起きたとしても、親として思うのはやっぱり「申し訳なく思っている」という事になるのではないだろうか。