京都大学の食堂には、孤独な学生専用の“ぼっち席”があるそうです。

 

京大食堂「ぼっち席」は現代の救世主?

 

私が学生の頃はまだ“ぼっち”なる言葉はありませんでしたが、高校~大学2年にかけての5年間は、まさにソノ状態でございました。ひと言も喋らずに1日を終えるなんてのはザラで、当然ご飯も常にひとり。

 

それでも高校の頃はまだ“自分の席”というやつがあったので、なんとか事無きを得ていましたが、大学に入るとそんなもの無くなりますから、もうご飯の時間が憂鬱で憂鬱で……。

 

大学の食堂ってのは、この世で最もおぞましい場所のひとつであります。ノリという価値観に支配された空間では、長テーブルごとに固まったトライブたちが互いを牽制しあい、部外者(ぼっち)が迷い込もうものならあっちゅう間に嘲笑のネタにされてしまう。食堂でヤツラが食べるのは食物ではなく、我々“ぼっち”のガラスのハートなのです。嗚呼、なんておぞましっ。

 

と、やや大げさに言ってみましたが、実際のところぼっちにとって問題なのは食堂という空間であると思います。「顔が見えないからOK!」なんて理由で意気揚々とぼっち席へ行ける人は、私から見ればとんでもないタフガイ。命知らずの冒険野郎マクガイバーです。