携帯電話、スマートフォン、パソコンで通話やメールのやり取りをすることが、今ではもう当たり前になりました。買い物もクリックするだけで完了。時には「わずらわしい」と感じる販売員のセールストークも聞く必要もなければ、値切らなくとも表示価格の安いサイトを選べばおトクな買い物だって簡単にできてしまいます。

 

かなり高齢の方でもケイタイ、スマホは利用されるようですが、なかにはそうしたツールを扱えない方もいらっしゃるでしょう。実際のところ若い人ばかりであれば、たとえば会合の連絡でもメール、あるいはメーリングリスト、連絡用掲示板等を使えばかなり効率よくできますが、これが使えないとなると案内文を作成し、紙に印刷し、個別に配布しなければならなくなります。もっと言えば、ネットを使える人と使えない人が混在する場合は、文書のみにするか文書とネットの両方を使う必要が出てきます。一部のメンバーがネットを使えるだけでは、全体の効率は決して良くなりません。ネットの便利さを最大限生かそうとすれば、メンバー全員が「それを使える」均一な層でなくてはならないのです。

 

しかし、一般的な生活の場面ではネットにつながる便利なツールを使える人ばかりではありません。

 

店から宅配 ニーズあり(朝日新聞 長崎【西方見聞録】)

http://www.asahi.com/area/nagasaki/articles/MTW20120927430200001.html

 

訪問であれ、店舗であれ、強引な売り込みというのは顧客には好まれません。昔の御用聞きのスタイルというのは、注文があれば配達をしてくれ、注文がなければ「ではまた今度」と決して押しつけがましくないスタンスでした。地元密着の業者さんであればそれこそクチコミで「あそこの御用聞きは感じが悪いわよ」なんて言われればたまりませんから、そう強引でもなかったように思います。

 

「御用聞き」というスタイルには、ある意味消費者主導で買い物ができる安心感があるのだと思います。私が子供のころは、酒屋さんとかお米屋さんとか重たいものを扱うところが「御用聞き」をしていたような記憶があります。配達だけでも大量に買えば八百屋さんでも応じてくれましたし、定期購読をしていれば本屋さんも配達をしてくれました。お取り寄せではない日常の買い物を、時には世間話の相手もしてもらいながらできる―これから人口のかなりの割合を占める高齢者にとってはありがたい存在です。おまけに、会費や毎週必ず注文しなければいけないなどの制限もないのであれば、今後大いに存在感が出てくるものと思われます。温故知新。