少し前に横浜市で待機児童ゼロというニュースがあった。良かったね!というニュースのあと、でも、国の基準よりも緩い、横浜独自の基準で作られた保育所で数字を合わせたんだよね、それって大丈夫なの? やっぱり、民間じゃ怖いよね、みたいな報道が相次いだ。

 

もちろん、数だけ揃えれば良しという問題ではないので、質も追及しようよというのは正しい。正しくはあるのだが、民間はダメ、やはり公共に任せるべきだという言葉には、再考すべき問題も含まれているのではないかと思う。

 

昨日、本日と東京新聞の一面では、都議選への問題提起として「2つの待機」なる上下、2回の記事が掲載されている。1回目は待機児童、2回目は待機老人の話である。そのうちの、待機老人についていうと、このジャンルも民間はダメ、公共が頼りという考えが一般的で、介護が必要な、施設入所を希望する高齢者はその大半が特養を希望する。

 

さて、特養は介護保険3施設(あとの2つは老健、介護療養型医療施設)で、この建設にあたって、非常に多額の公費が投入されている。ついでに税金なども納めなくていい仕組みになっている。それについては私が書くよりも、学習院大学の鈴木亘先生が分かりやすく解説してくださっているので、こちらをご覧いただければ良いと思う。

 

これだけ優遇されて、どっさり内部留保を溜めこみ、でも、職員にはきちんとした給料を払わないという実態を知ると、「公共」がいいってのはどういうことなのか? と思ってしまうのだ。