今から4年くらい前に、CNET JAPANで「検索エンジン窓にお願いする人たち」という記事を書いたことがある。いわゆる動詞系の欲求キーワードで「彼氏と別れたい」「ピザを食べたい」など、単に調べ物をしているのではなく、エンジン窓に心を許し、心情を吐露しているキーワードをよくみかけるようになったという話。

 

しかし、GoogleやYahoo!が推奨キーワードとして、それに関連するキーワードを複数、候補として表示しはじめるようになって、その多様性が一気に減ったような気がしている。

 

例えば今、「彼氏と別れたい」をエンジン窓に入れると、関連キーワードして
・ 同棲中の彼氏と別れたい
・ 彼氏と別れたい+メール
・ 彼氏と別れたい+情
・ 彼氏と別れる方法

などが表示される。

 

以前であれば、「彼氏と別れたい」の第一表示で気に入らなければ、さらに言葉を盛って、+何々+何々と打ち込んでいたのが、最近ではそこそこ自分の気持ちに近いものが表示されていれば、それをクリックして済ますことが多くなっているのではないかと思う。

 

有料データバンクを使って検証してみる。キーワードは「別れたい」

 

2012年10月では
・ 彼女と別れたい
・ 妻と別れたい
・ 面倒+別れたい
・ 別れたい+無視
・ きもい+別れたい
・ 別れたい+合図
・ 別れたい+妻+浮気

というバリエーションだが

 

2008年1月では
・ 恋人+鬱+別れたい
・ 上手に別れたい
・ 別れたい+ストーカー
・ 無理矢理アナルをレイプされたので別れたい
・ 円満に別れたい
・ 別れたい+格安
・ 中絶後別れたい
・ リストカットする彼女と別れたい
・ 女と思えない+別れたい
・ ホワイトデーまでに別れたい

 

などなど、古い方が結構、個別の事情が多いことがわかる。これは最近のどの月を見ても同じで、「誰と」「どうして」を示すものに集約され、かなりコンパクトに畳まれた言葉が多くなっている。そして古いものの他の月では「別れたいけど別れられない」「自分の時間が欲しい+別れたい」とやはり、ある意味、自分の事情に引き寄せられたワードが多くなってくる。

 

これは検索エンジンの推奨キーワードのせいだと私は思っている。

 

推奨キーワードが発達してきた頃から、検索エンジンワードで匿名の生身の声が少なくなり、最大公約数的なよくあるワードに落ち着き始めた。

ネットでは、推奨キーワードのみならず、情報があまりにも過多になりすぎたためか、欲求や意志ワードをクラスター化する傾向になっている。

 

ワードがある程度クラスター化されても、個々人の個性がなくなるわけではないのだが、情報が流通する場合、これらはある一定の方向性を決めてしまう場合が少なくない。

 

例えば「ファッション」を見てみる。

2008年頃は、1位が「ファッション」で、あとはまちまちだが

2012年になると、1位が「メンズファッション」「40代ファッション」「山ガール+ファッション」などとクラスター化されている。

 

ある程度束ねられた数が多いからといって、こういうキーワードが候補として上がってくると、それを見て押す人たちも増え、純粋にそのことにあまり興味がないにもかかわらず、数が膨れ上がれ、それらがさも大きな群として動いているかのような現象をおこしている。

 

推奨キーワードの力学は、ソーシャルネットでもそのままあてはまる。特にTwitterなどでは、今ホットな話題やキーワードがランキングの上位にあがり、それを多くの人が目にし、そのクラスターがどんどんヒートアップしていくというような。

 

ドラマ「家政婦のミタ」の最終回の視聴率が40%を超えたのは、純粋にそのドラマを見たかったのではなしに、その話題について、ライブでツイートしてみたいという人が急増したからとも言われているし、新劇場版「エヴァンゲリオン Q」があれほどの観客を動員したのも、ある一定の太い話題として、検索エンジンやSNSで形成されていたからのように思う。それは2012年のヒット商品を見てもうなづける。

 

「LINE」はそのままSNSだし、「マルちゃん正麺」もネットでの評判が先行した。「おさわり探偵なめこ栽培キット」もネット評判だし、「街コン」はどちらかと言えば、「街コンはいい」を前提とした、クラスターの容器そのものといっていい。ここには、街コンの良し悪しではなく、「街コン」という乗り物にみんなが乗っているだけだ(笑)多様性などどうでもいい、一定のルールがあり、とにかく楽しい器だから、乗るしかないのだ。

 

こういう傾向がいいのか悪いのかはわからない。

しかし、ネットの世界でも、ブランドネーム、製品ネームでの検索表示とともに、候補ワード(クラスターワード)での上位表示がコンバージョンにつながるケースは果てしなく多い。かつてのニッチラインのコンバージョンキーワードが成立しなくなっている傾向にある。

 

例えば、ハローキティの腕時計を売る場合、「ハローキティ+腕時計」「ハローキティ+腕時計+青」とかで仕掛けるよりも、ハローキティそのもので、「ハローキテイ腕時計」が候補として表示され、その先が自分のサイトである方が確実にコンバージョンのボリュームが違う。ブランド名そのものがコンバージョンキーワードであるという、王道ともつながっている。

 

ある人は言うだろう。「クラスター化された社会は無個性だ!!」

 

しかし、長年やってるマーケッターはそれを聞いてこう言うだろう。
「もともと世界は7~8つのクラスターに整理できるんだから、当然の結果じゃないかな」

自分自身、「十人十色」は嘘だと思っているし(笑)「世界で一つだけの花」も麻薬患者の戯言だと思っている(笑)

総和の秩序からできたクラスターには必ず実体がある。ビジネスにセンスのある人は、みんなここを向いているのではないだろうか。

 

前田敦子が卒業して、一時の勢いがなくなったが、AKB48などはカテゴリーというよりも、このクラスターそのものだ。なんだかAKB48らしいというクラスターをマーケットに設定すれば、細かいことはともあれ、欲求のポジションとして固定できれば、ここに群がってくる人たちが発生する。推しメンなど個々の好みも反映されているように見えるが、まずはAKB48みたいなものが自分は好きだという安心できる器があることが重要なのだ。

 

今年の紅白に落選した韓国の少女時代も同じようなものだ。少女時代というクラスター、その上位にK-POPというクラスターが存在するのかもしれないが、これらも個性よりも器がとても大切なのだ。だから竹島問題なので、韓流そのものが揺らいでしまえば、K-POP、少女時代の熱はすぐに冷めてしまう。AKB48のメンバーが、AKB48という器をとても大切にするのは、それを直感的にわかっているからだろう。「私のことを嫌いになっても、AKB48のことは嫌いにならないでください」という前田敦子の名言をはじめ、大島優子、篠田麻里子もほぼ同じ事を繰り返し発言している。

 

クラスター社会への傾斜。

今の政党の動きを見ても如実だ。「太陽の党」など、個人の思いを表した政党などは居所がなく、「日本維新の会」というような、内実はどうあれ、新しいクラスターとして束ねられているものへ吸収されていく。自民党、民主党などは、クラスターというよりも単なる終わった枠組みなので、ここに心から共感する人はほとんどいない状態だ。あとクラスターとして束ねられない点在する小政党は、思っている以上に選挙で苦戦するはずだ。みんながクラスターに乗りたがるのは、そこに乗ったら、どこかに運んでくれるかもしれないという期待感があるからだ。エンジンのついている舟でないと誰も乗りたがらないというのが実情だろう。

 

こんなにわかりやすくなったマーケットは人類史上初めてではないだろうか?インターネットが創りだした総和の秩序。それはカオスのカタチに似ているのかもしれないが、ありのままをありのままに見る力さえあれば、ねじれることなく、人々の心を動かしていくことはそんなに難しいことではないように思う。