親の収入による教育格差を「やむをえない」と考える人は、公立の小・中学生の保護者の場合、5割強(2012年11月~2013年1月)。2008年より大幅に増加したとの調査結果が発表されました(朝日新聞社とベネッセ教育研究開発センターの共同調査)。

 

私自身、2人の子どもがいますが、現実問題として「親の収入に応じた教育になるのはやむを得ない」と考えます。だって、無い袖は振れないからです。しかし、だからと言って、子どもが将来自分の望む仕事に就けないとか、幸せになれないわけではないことも確信しています。

 

人生も半分以上、生きてみると、親が子どもの教育にお金をかけたら、それですべてうまく行くほど甘くはないことがわかりますし、世の中にはその時々の傾向があるものの、ミクロな視点で見れば現実は想像を超えて多様だからです。

 

両親共に旧帝大卒、一流企業勤務にもかかわらず(親の収入は充分)子どもは大学に進学せず(子どもにその意思なし)というお宅を何件か知っていますし、中学受験で人もうらやむ有名校に合格したにもかかわらず、その後、挫折(転校、退学)もあり。子どもの頃、全く勉強ができなかった同級生が商売人として成功した話を実家の母に聞いたときは驚きました。もちろん絵にかいたようなエリートコースを突き進む人もいますが。

 

親にできることは、子どもの性格や能力をしっかり見て、それに見合う進路に進めるよう促すことだと考えます(日々の子育てにおいても自分にそう言い聞かせています)。それは必ずしも親でなくとも、先生など周りの大人でもいいわけです。その子どもの能力を見て、適切な言葉がけや勉強に関する実際の手助けをする大人がいるかどうか、これこそ、子どもの成長と進路の選択に大きな影響を与える気がしてなりません。そして大人になった後の人生は、本人の意思と実力と努力しだい。さらに出会いと運も大きいでしょう。

 

もちろん、あと○万円の余裕があれば、○○に通えるのにとか、○○を習わせられるのにという親心としての葛藤はありますよね。社会の在り方としては、高等教育を受けたい子どもや、受けるにふさわしい能力のある子どもが進学できるよう、大学生が利用できる給付の奨学金が増えることを強く望みます。しかし残念ながら、日本では当面、実現しそうもありません。

 

となると、ごく一般的な家庭では教育にかけられるお金には限度がありますから、その範囲内で、親の収入に応じた教育になるという最初の結論に戻るわけです。奨学金や教育ローンは、負債として重くのしかかってきますから、それに耐えられるだけの進学の目的と気力があるかどうかが問われます。