情報はたくさん持っていた方が良い。それをどう判断するかは個々人の判断だ。総務省によれば、1996年から2006年の10年間で、選択情報可能量つまり人々が接することの出来る情報量は530倍に増加している。ただ、人間が処理できる情報量は、ここ数十年間、ほぼ変わらない。したがって、情報を出来るだけ遮断する人や情報を入手するだけで疲れている人もも増えているのだ。

 

広告の華であるテレビCM。今やトイレタイムとも言われる有様だ。では、情報は少ない方が良いのか。私はそう思わない。基本的に情報量は多い方が良いのだ。

 

なぜなら、ある特定の情報や意見だけに偏るのはとても危険なことだからだ。確かに日々、押し寄せる情報の波にどう対処していこうかという煩わしさは確かにあるが、それでも情報量は多い方が良い。自分の頭で考え、判断することは、与えられた情報を受動的に受け入れるよりもはるかに大事なことだからだ。

 

これからますます情報が多くなればなるほど、個々の情報をまとめるサービスのニーズが高まる。テレビや新聞を始めマスメディアもその一つだ。最近では、「NAVERまとめ」をはじめ、インターネットでのサービスも増えている。地域間の情報格差をなくし、メディアのタブーをなくす「発禁新聞」もそんな取り組みの一つだろう。

 

情報摂取も、情報選択も「個人の判断」が重要になる。人が判断をする時には、多くの情報があった方が良い。入手出来る情報が少なければ少ないほど判断に偏りが生じる。話は少し違うが、調査をする時に、3人に聞いた内容のサマリーと1000人に聞いた内容のサマリーでは、偏り度が異なる。そのサマリーを元に判断をする時に、大きな差が出てしまうのは当然だ(専門的な話をすれば、調査手法のバイアスや結果の読み方など細かい話は別にありますが……)。

 

ただ情報摂取だけをすれば良いというものではない。情報は、考えをまとめ、行動するための基礎に過ぎない。整理した情報を元に、自分自身で考えるための情報遮断の時間も人間には必要だ。

 

特にビジネスマンに関しては、知っている知識を活かすことが出来なければ、宝の持ち腐れだ。積極的に多くの情報を入手し、自分のフィルターで取捨選択する。そして、情報を遮断して自分の頭で考える。それが情報過剰時代の情報への対処法だ。