ゲームソフトランキング更新、ゲーム市場に吹き荒れる「どうぶつの森」旋風って記事。

 

まあ、人気作品なので、そりゃ『とびだせ どうぶつの森』トップ当然でしょ、って感じもあるけれども
“発売初週に物理メディアで70万本、2週目に入った時点でさらに20万本を出荷、その上ダウンロード購入が20万本以上を記録しており、ミリオンセラーは確実な状態。”って記述が興味深い。
物理メディア!
ダウンロード購入20万本!

 

任天堂は「モノの会社」だってイメージがある。
玩具会社。
玩具は、さわってなんぼだってイメージ。
いっぽうプレイステーションを出したソニー・コンピュータエンタテインメントは「コトの会社」のイメージ。
映画とか音楽だから、さわれるものじゃなくて、コンテンツ。
だから、CD-ROMの大容量で、映像や音をキレイにすることを優先させたのはソニー・コンピュータエンタテインメントだった。
任天堂はROMにこだわった。
「ポンと差し込むとポンとはじまる」という物理的な感覚を選んだ。

 

任天堂は何度かネットワークにチャレンジしていて、そのたんびにコケている。
それも、なんか凄いけどコケたっていうより、最初からコケる気まんまんに見えるぐらい下手な感じだった。
タモリを起用してネットワークで番組配信みたいなのもあったけど、実際には観てないのでよく知らない。スクウェアの配信ゲームとかもあった。ネームバリュー的にはすごい感じだったはずだが、なぜか周囲のゲーム好きも「これやらなきゃ!」と言いださなかった。
それは、なんとなく任天堂がモノじゃないコトをやろうとして、無理してやってる感じが、ユーザーにも伝わってたんじゃないか、と思う。
64DDのモノとコトを融合させたようなチャレンジには、ちょっとワクワクしたいと思わせる何かがあったが(それはネットワークで何ができるかということが示されはじめたタイミングだったからという理由もあると思う)、結局よく分からなかった。
64DDそのものもよく分からないまま闇のもにゃもにゃ空間に埋もれていった。

 

その! 任天堂のゲームが、「ダウンロード購入20万本!」。すごい。
そもそも「どうぶつの森」が、ネットワークRPGをひとりでもプレイできるって感覚のゲームだった。
「自分が整えた部屋を他のプレイヤーに観てもらう喜び」や「他のプレイヤーに伝言できる」など、ネットワーク的な楽しみが盛り込まれていた。
その積み重ねと、技術の進化と、世界の変化(ネットワークが、何やら抽象的なものではなく、具体的な生活の一部になりはじめた)が、重なって、ようやく任天堂が、「無理して」じゃなくて、モノとしてネットワーク/ダウンロードを使いこなしはじめたんじゃないだろうか、と思うと、ちょっとワクワクする。

 

任天堂の社長だった山内溥さんの発言を読むと、いろいろ考えさせられる。
「NINTENDO 64ソフトは容量の小さいロムカセットを使うが、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』はスクウェアが出す大容量のCD-ROMソフト『ファイナルファンタジーVIII』を圧倒するだろう。ゲームは容量が問題でない事を証明するはずだ」
「ネットワークゲームは次世代の主流にならない、という私の考えが正しかったと証明されるのを見ずに辞めるのは心残りだ」と発言している」
「任天堂の急成長がよく話題にのぼるでしょ。トランプと花札の老舗が、先端技術を使ったゲーム機メーカーに様変わりしたこと自体が、不思議でしようがないことのようにいわれることもある。あるいは、外から見ると、なにか大層な戦略展開をしたように見えるかもしれない。しかし、事実は全く違うんですよ。花札とトランプから離れていった理由は、これら伝統的な遊びの人気が落ちたからなんです」
「市場調査?そんなことしてどうするんですか?任天堂が市場を創り出すんですよ。調査する必要などどこにもないでしょう」