10月1日、ソフトバンクがイー・アクセスの完全子会社化を発表しました。

 

この携帯電話業界第3位のソフトバンクによる第4位のイー・アクセスの突然の買収劇に誰もが驚嘆したことでしょうが、さらに人々を驚かせたのはその買収価格。

 

買収は株式交換方式で行われ、イー・アクセス1株を5万2000円と評価して、ソフトバンクの株式16.74株と交換することを決定したのです。

 

買収を発表する前のイー・アクセスの株価は1万5千円前後ですから、評価額は時価の3.5倍程度になり、ソフトバンクが支払う対価は1,800億円を上回ります。

 

ソフトバンクは、なぜこのような常識では考えられないような買収価格を提示したのでしょうか?

通常、上場企業をTOBで買収する際には市場価格の2、3割程度のプレミアムを提示するのが常識です。

ただ、昨年などは平均でおよそ50%程度のプレミアムを上乗せしたというデータもありますので、プレミアム率は上昇傾向にあるのかもしれません。

 

そうはいっても、今回は250%近いプレミアムを支払うのですから常軌を逸しているとしか考えれません。

 

今回はこの買収劇をファイナンスの観点から分析していくことにしましょう。

企業を買収する際には、ファイナンス理論を活用して企業価値を算出し、適切な買収価格を決定していきます。

 

具体的な企業価値は、毎年の企業が自由にできるキャッシュの額(フリーキャッシュフロー)と、負債と株主資本による資金調達の加重平均コスト(WACC)がわかれば簡単に計算することができます。

 

単純化して説明すると、たとえば1年限定の事業を展開している企業の1年後のフリーキャッシュフローが1000億円で、WACCが年利5%であれば、その企業の企業価値は1000億円を1.05で割った952億円になります。

 

ここで、この企業が負債のない経営をしていれば、952億円が適正な買収価格となります。

この企業価値算出の公式に基づけば、企業価値はフリーキャッシュフローを高めるか、WACCを引き下げれば高まることになります。

 

たとえば、買収によってフリーキャッシュフローが2000億円に増加すると予測したとしましょう。

そうすると、新たな企業価値は、WACCが変わらない場合、2000億円を1.05で割った1,905億円になり、買収価格の上限が一気に1000億円弱引き上げられることになります。

 

また、買収によってフリーキャッシュフローは変わらなくても、WACCが3%にまで低下すれば、1000億円を1.03で割って971億円と、およそ20億円ほど買収価格の上限を引き上げることができるのです。

 

それではここで、実際にイー・アクセスの企業価値の計算をしてみましょう。

決算書を見てみると、イー・アクセスのフリーキャッシュフローは前期、前々期、前々々期が、それぞれ220億円、60億円、110億円となっています。

 

ここで直近の220億円というフリーキャッシュフローが永遠に続くと仮定すると、現在のイー・アクセスのWACCは4%程度ですから、永久年金型のキャッシュフローの現在価値を求める公式を使って、220億円÷4%=5,500億円が現在のイー・アクセスの企業価値となります。

 

ここから、決算書上の2,660億円の負債を差し引けば2,840億円が株主に帰属する価値と計算できます。

 

また、フリーキャッシュフローの平均を取れば130億円÷4%=3,250億円の企業価値となり、590億円が株主資本部分の価値となります。

もし、WACCが変わらなければ、この計算からソフトバンクは最低でも180億円程度のフリーキャッシュフローが続くことを予測していることがわかります。

 

一方でイー・アクセスがソフトバンクの完全子会社となれば、今後の資金調達コストはソフトバンクのWACCとなります。

ソフトバンクのWACCを計算すると3.7%程度なので、今回の買収劇によってイー・アクセスの事業は資金調達コストを0.3%程度削減できます。

 

だとすれば、前期レベルのキャッシュフローを永遠に維持すると仮定した場合、イー・アクセスの企業価値は220億円÷3.7%=5,946億円となり、負債部分を引いた株主資本部分は3,286億円になります。

 

この金額は今回の買収でソフトバンクが負担する1,800億円に比べるとおよそ1,300億円も上回る水準です。

 

つまり、市場の3倍以上の金額を提示して買収しても、現状のフリーキャッシュフローとWACCを維持するだけでその1.5倍もの価値を生み出すことができるという計算になります。

 

一見、今回の買収金額はKDDIなど他の競合との買収合戦の末に提示した苦し紛れの価格と思われがちですが、実際に企業価値を計算すれば案外安い買い物ではないかと判断することもできるのです。

 

特に今回の買収では、集客力の高いソフトバンクが、イー・アクセスの買収によってイーモバイルの設備を利用できるようになり、大きなシナジーを生んでフリーキャッシュフローが大幅に増えると予測したとしても不思議ではありません。

 

いずれにしろ1,800億円が高いか安いかは今後ソフトバンクがどの程度のフリーキャッシュフローを生み出せるかにかかっているといえるでしょう。

 

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◎ 今回のポイント!
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1.企業の理論価値は企業が生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)と資金調達コスト(WACC)がわかれば簡単に求められる。

2.市場は企業価値を正しく表しているとは限らない。買収などによる投資を検討する際には、実際に企業価値を算出し、比較することで適正な価格を決定できるようになる。