恵比寿始発「鉄道雑学ニュース」 第10回

東武鉄道のSL「大樹」が10日登場。なぜ今、蒸気機関車が必要なのか?

東武鉄道の一大プロジェクトであるSL「大樹」が8月10にデビュー。走行区間は東武鬼怒川線の下今市~鬼怒川温泉駅間で、土休日を中心に1日3往復する。なぜ今、蒸気機関車を復活させる動きがあるのでしょうか。沿線事情などが見えてきました。

東武鉄道のSL「大樹」、8月10日に運転開始

SL大樹、快走
SL大樹、快走

注目の東武鉄道の一大プロジェクトであるSL「大樹」が、いよいよ8月10日にデビュー。走行区間は東武鬼怒川線の下今市~鬼怒川温泉駅間(12.4km)で、土休日を中心に1日3往復する(片道の所要時間およそ35分)。
 

SL「大樹」は、C11形207号機蒸気機関車+車掌車+14系客車3両+DE10形1099号機ディーゼル機関車という編成となる。これらの車両は、蒸気機関車(SL)をJR北海道から借り受けたのを始め、他の車両もJR四国、JR東日本、JR貨物各社から譲渡、また蒸気機関車の方向転換に必要な転車台は、JR西日本の長門市駅(山口県)と三次駅(広島県)で役目を終えて使用されないままになっていたものを譲り受けて下今市駅と鬼怒川温泉駅に移設した。さらに、下今市駅に隣接して新たに下今市機関区を開設、SLを中心に車両の整備を行う基地となる。
 

SL運転復活は日本全国の鉄道会社の協力あってこそ

鬼怒川温泉駅前広場に設置された転車台
鬼怒川温泉駅前広場に設置された転車台

東武鉄道が蒸気機関車の運転を行っていたのは1966年6月までで、最後は貨物列車としての運行だった(SL牽引旅客列車は1959年6月末の東武矢板線廃止をもって終了している)。
 

ともあれ、半世紀ぶりの復活ゆえ、蒸気機関車を運転、整備する人材はとうになく、新たに乗務員、検修員を養成した。そのために、すでに蒸気機関車の運行で実績のある秩父鉄道、大井川鉄道、真岡鉄道、JR北海道の協力を得て訓練などを行っている。このように、東武鉄道SL運転復活プロジェクトは、東武一社のみならず、JR各社をはじめとした日本全国の鉄道会社の協力と連携があってこそ実現したのである。
 

鬼怒川エリアは苦戦中……観光客を呼び寄せる起爆剤に

では、なぜ、今、蒸気機関車復活なのか?

下今市機関区は5月2日に開設、お披露目を行った
下今市機関区は5月2日に開設、お披露目を行った

ひとつには、地域活性化である。鬼怒川エリアは、ご多分に漏れず人口減少がすすみ、観光の目玉である鬼怒川温泉もかつてのような賑わいがなくなっている。また、福島県に近いこともあって、震災後の風評被害などで、復興支援が課題となっていた。SL列車を走らせることによって、観光客を呼び寄せる起爆剤にしたいとの思いがある。
 

もうひとつは、鉄道産業文化遺産の保存と活用だ。東武鉄道は東武博物館を持っているだけあって鉄道車両や施設の保存には熱心であったが、鉄道は動くものなので、車両は走らせてこそ保存の価値がある。そうした意味から、単なるノスタルジーにとどまることなく、産業遺産を後世に伝えるためのプロジェクトとしている。
 

鬼怒川を渡るSL「大樹」
鬼怒川を渡るSL「大樹」

客寄せのためなら、派手なラッピングもありうるかもしれないが、産業文化遺産としての保存なので、往時の雰囲気を伝えるべく、車両はほぼ現役時代のまま復元というのは好ましい。そして、より多くの人々に蒸気機関車を身近に見てもらいたいとの思いから、鬼怒川駅前広場に転車台を設置したり、下今市機関区の様子を観察できるよう駅構内に見学スペースやSL展示館を設けるなど、至れり尽くせりである。
 

東武ワールドスクエア駅の開業でアクセスがが驚異的によくなる

開業したばかりの東武ワールドスクエア駅
開業したばかりの東武ワールドスクエア駅

このようにいくつもの思いから始めたSL保存運転がいよいよスタートした。初日の列車は満席で指定券はあっという間に売り切れたという。その後の列車もほぼ満席という状況が続いている。SL運転開始に先立ち、7月22日には、東武ワールドスクエア駅が開業し、従来からあったレジャー施設への便が驚異的によくなった。この新駅には、SL「大樹」をはじめとして、特急列車も停車する。鬼怒川温泉への行楽客のみならず、ワールドスクエアへ遊びに行く行楽客をも取り込み、また日光や東武鬼怒川線とつながる野岩鉄道、会津鉄道沿線への訪問客増加も狙っている。SL「大樹」運行が、このエリアの活性化につながることを期待したい。
 

取材協力=東武鉄道

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